「今日がいちばん若い」という言説に対して、本日は口ごたえいたします。
そもそも「若い」と言ってしまった時点でもう若くないというか、意識しないといってしまう自意識が、ちょっと垣間見えます。
とはいえ、これ自体はなかなか素敵な見識だと思います。一定年配の方が、それでも今日を主体的に生きていこうとする姿勢をシンプルに表現しています。
これをもし、お若いひとが使ったら、言葉として間違ってはいませんが、変です。
大昔、14歳の水泳選手がオリンピックの金メダルを取ったときに
「今まで生きてきた中で、一番幸せです」
といって日本中からツッコミを受けましたが、同じようなことです。
なお、「今まで<生きてた>中で、一番幸せです」というのが発言としては正しいのだそうです。一文字違うだけでずいぶんニュアンスが変わるものですね。
さて、「今日がいちばん若い」ですが、先に申しあげたように「ほんとは若くない」という含意があるからこその「今日」です。
今日を生きる。今にフォーカスする。
歴史上の賢者から無料プランのAIにいたるまで、もっとも正しい生き方として結論付けているのがこの視点です。
それを年配になっても保ちつづけているのはたしかに素晴らしいことです。ひとはどうしても過去にとらわれます。ひとの体はひとが食べてきたもので作られ、そして腹に肉が蓄積されたりします。これまで行ってきたことの積み重ねが現在の自分なのです。
とすれば、です。
終わったことに拘泥しない、通ってきた道はそれまでのことだ、と大胆に振り切るのは、若い方であれば、仕方ないかと社会も認めるかもしれません。
ただ、年配の方の場合、少なくとも人生の比重は過去の方が重いことは明白です。
であれば言葉の端にどこか、「自分の歴史を引き受けた覚悟」を漂わせてもいいのではないか、そう思う次第です。
個人的には、この精神をもっとも発揮したものとして、昭和の伝説的な広島やくざ映画、「仁義なき戦い」の有名な台詞を挙げさせていただきます。
『山守さん、まだ弾は残ってるがよう……』
今日から撃つよ!ではないのです。まだ撃てるぞ、なのです。

















