おじさんは存在するだけで疎まれますが、例外として、いじる対象としてはひっぱりだこです。
最近はSNSで「家族とショッピングモールにいそうなダサいおじさんのAI絵」が出回りました。
似たようなところで、以前も「パーカーを着たおじさん」がネタにされたことがあります。
いずれも題材がおじさんなので大した流行にはなりませんが、これらを目にした人のうち、きっと思った人もいたことでしょう。
「これだけルッキズム、見た目いじりが一斉に否定されている中で、なぜおじさんだけは例外なんだろう」と。
すくなくとも「ハゲ」と同じ強さの言葉を無造作にぶつけられるのは、現在おじさんという種族をおいてほかにありません。同じような強度の二文字のカタカナでは、「ブ〇」とか「デ〇」とか、伏字にされることすらあるのに。
そして実際の世の中がそうですが、おじさんは多少の圧力を受けても矢面に立たなくてはいけない存在です。
少なくとも現時点の世界では社会を支配している人の多くがおじさんという属性にあり、おじさんは「強い者」です。
その社会的優位性、権力からすれば、ほかの属性とは同列には扱えません。ちょっとしたことでは「傷ついた」という感情を吐露できない立場でもあり、またそれは強さゆえの義務でもあります。
逆にいえば、それくらい大きな顔をしているのです。
ではなぜ、「ショッピングモールのおじさん」いじりだとちょっと違和感が漂うのか。
それは、テレビでもネットでも、実名でこのようなトピックを語っているおじさんたちを眺めているとわかります。
メディアに出たり、大量のフォロワーがいるアカウントから世の中の出来事を堂々と解説する、彼らはたしかにおじさんです。しかし、誰ひとり、安さだけで選んだ服を着ていたり、やさしいだけで無力そうな雰囲気であることはありません。
彼らはおじさんという属性のなかでも、特別な「選ばれし者」なのです。
ですからほんとうは、そういった人々こそおじさんを代表して晒されるべきなのです。
ですが、強いことがわかっている人を攻撃することには誰も気乗りがしません。本人が強いし、その周りには攻撃的な取り巻きがいることもしばしばです。リスクがあり、叩くメリットが想像できません。
それでも当然、おじさんという、いばっているやつらを蹴とばしたいという気持ちは世の中のあちこちに渦巻いています。
スキは意外に多くあります。
容姿は劣化し、体力はなくなり、注意力が散漫になっているくせにこっそりスケベ心だけは抱えていたりします。
チャンスです。
しかしそこで普通に蹴とばすと、狙ったグループとはちがう、なんか冴えないやつがくぐもったうめき声をあげるのです。
















