知人の50代中盤のサラリーマンの方が、こんど転職する話をききました。
収入を下げることもなく、待遇もかなり前向きに。
これには背景があって、その方は会計士資格のある実務経験も管理職経験も豊富なプロの方でした。いわゆるハイクラスです。そうでもなければ、彼と同年代はおろか15~20歳近くは若くないと転職自体が困難であったり、条件を下げない転職は不可能なのが事実かと思います。
しかし、これは不思議なことでもあります。
40歳の社会人といえば、なにかしら十分な経験がない方がめずらしいでしょうし、能力の衰えはプロスポーツ選手でもなければ問題ない年齢です。かつて「プログラマー35歳限界説」という言説がありましたが、それもあまりにも体力勝負・単価勝負の業界が「使いでのいい人材」を暗に求めていたからこそ囁かれていた話です。
ハイクラスのように特別ではないが、しっかりとした実務経験があり、体力にも不安がなく、おそらくこれまでの経験と通じる分野であれば知識も吸収でき環境にも適応できる。
だったとしても、それだけの人では「市場価値がない」のが現実です。
もし実際にどこかの企業で新たに勤務することになれば、周囲に負けない実績をあげることができるかもしれませんが、そういった期待値は市場価値にはカウントされません。市場価値の「査定」には、長年の実務経験もそれまで蓄えたスキルも対象外なのです。
市場価値は人材に点数をつける指標といえます。
その市場で、「査定」は何に高得点をつけているか、といえば、若いこと、健康であること、接して気持ちよいこと、あるいは美しいことです。とても大きな声でいえることではありませんが、実際の人材ニーズからはそういう価値観が浮かび上がります。
新卒採用がいまだに重視されていることもその証左です。
スキルが価値を測る対象として機能するのは、少なくともそういったハードルをクリアしてからの話です。そうでなければ、賃金差をふまえてもゼロスキルの新卒がふつうのベテランより「上」である説明ができません。
社会のルールも、産業構造も、人口構成も変わってしまったにもかかわらず、日本で求められる人材は20世紀とさして変わらず、市場価値とは「可能性のある肉体」が中心であり続けているのです。
















