無駄というスパイス

AIが考えヒューマノイドが現場を動かす。このような未来がもうそこまできている。AIが病気を診断して指示を出し、人間がGOを出して、ヒューマノイドが手術をする。AIが図面を作って指示を出し、人間がOKを出し、ヒューマノイドが道路を舗装する。人間の仕事は承認と責任だけになるかもしれない。

会社経営や国家運営はどうだろう。経営者や政治家がAIに相談する機会は間違いなく増えていくだろう。その割合が高くなっていくと現実に考えているのはAIということになる。ミュージシャンや脚本家はどうだろう。AIと壁打ちしながら作り上げた音楽やドラマ。それは人間の作品と言えるのだろうか。

知識や情報なくして人が何かを実行することはできない。そして人が得る知識や情報はAIによって飛躍する。膨大な知識の集約と適切な情報の選択をAIは瞬時にサポートしてくれる。AIを使いこなす人とAIを使えない人ではもはや勝負にならない。AIを使わないことは電気を使わないことと同義なのだ。

とはいえ承認と責任だけでは人の個性がまったく生かされない。競争の結果、行き着くのは皆、同じ岸辺である。同じ商品、同じサービス、同じ品質、同じ価格。ここに至るのはあっという間だろう。安く、早く、品質が一定で、リスクは最小。このような商品とサービスが巷に溢れていく。

衣食住、生活必需品に関しては大手2〜3社の寡占状態となっていく。考える仕事はAIに、現場仕事はヒューマノイドに、どんどん置き換えられていく。生きるコスト、生活にかかるコストが限界まで安くなる。そのとき人は何をするのだろう。中小企業や個人事業主はどこで価値を発揮できるのだろう。

やはり行き着くところは「ミス」「不要」「余計」ではないか。もちろん単なるミスや不要は価値とはいえない。AIから見ればミスであり、不要であり、余計な作業であるが、それを加えることで人間の感情が掻き立てられる一手間。その一手間を加える役割には個性とセンスと生き様が求められる。

言うなれば不完全の価値。これを理解できない人にもう企業経営はできない。個人事業も成り立たない。立ち止まり、迷い、余計な経験をした時間の中から紡ぎ出されるセンスのいい無駄。このスパイスを加えることが人間の最大の価値となるだろう。無駄を回避する人生は破滅への最短ルートとなる。
 

 

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