動画の世界で流行ってから久しいですが、「猫ミーム」というものがあります。
元はSNSで拡散された、猫が喧嘩したり何かを食べたりウニャウニャ喋ったりしているいくつかの短いシーンを集めたものです。それらのシーンをチョイスして、編集して、字幕をつけるなどすることで、自分の用意したストーリーを動画にするというものです。
その使い勝手の良さから長いこと使われていますが、なにより特徴的なのは、それぞれの元ねたが数秒程度にもかかわらず、完成品の動画は10分以上になることも少なくないことです。
猫ミーム動画の内容の多くは製作者の実体験などですが、それが10分以上ともなると情報量も多くなり、ストーリーも複雑なものになります。
にもかかわらず、猫の生活動作や喜怒哀楽というパートのつなぎあわせでひと通り表現しうる、というのは興味深いことです。
もしかしたら、人間の生活というのも、分解してみれば喧嘩したり食べたり喋ったりといういくつかのパートの集合体に過ぎないのかもしれません。
もうひとつ興味深いこととして、だからこそ流行ったわけでもありますが、動画のストーリーをものすごく飲みこみやすいものになる効果があるということです。
動画を作っている人のほとんどは市井の人で、その中でインパクトのあったエピソードなので、かなり暗い話、争いごと、あるいはお金や性的な話なども多くあります。
それを製作者の方自身がカメラに向かって肉声で語りかけたらどうでしょう。
おそらくエグくて見るのがしんどいことになるのは想像に難くありません。
猫がかわいい、というのは最初の数回のことで、何十回何百回と使われると特に思うことはなくなります。
しかし、それでいいのです。見知らぬ誰かに身の上話を受けわたすうえでは「怒っている」「楽しんでいる」と
記号化される
ことが、生々しさやしんどさを希薄にするのです。
ネットの流行に限っていっても、不特定多数の場ではそこでしか通用しない特定の表現や共通のスラングがつねに存在します。世界でコミュニケーションを取るためには、コミュニティの符号をかざすことで「我」を消していく作業がどこかにあるのです。
……まあ、わたくしも、家族以外にとっては我を消すまでもなく、「灰色のおじさん」でしかありませんが……