その97 怒り

わたくしが勤めている会社で、
もう退社して10年以上経つのにもかかわらず、
いまだに年に一度くらい話題に出てくる「伝説の男」がいました。

彼が在籍した数年間に伝説を残したのは
業務面ではなく、おもに性格と日頃の立ち振る舞いによるものです。
とにかく彼は「ブチ切れている人」だったそうです。
個人的には挨拶したことがあった程度で
仕事で直接関わりを持ったことがないのですが、
一対一の場、会議の場、
なんだかんだ人とやりとりをする場所で日常的にブチ切れており、
平気で人を怒鳴りつけるような人だったので、
地味な陰キャの見本市のような当社において異彩を放っていたのです。

聞いた情報を総合するに、
中途で入社して
能力はたしかな人だったようなので、
仕事を通して不利な立場になっていくこともあまり考えづらく、
もし在籍期間が長かったならば、周囲に退職したり、病む人が出ることは
確実だったのではと思われます。
(実際にはそれが原因の退職もあったかもしれません)

さて、そもそも怒りというのは
誰かを加虐したいという欲求があるからではなく、
自分の中にある「正しいもの」が毀損されたときに起こる感情です。
交通マナーはトラブルの宝庫ですが、そこでは悪意ではなく
各人の「こうあるべき」という正義感がむき出しになることで簡単に火が付くのです。

ですが、動機にかかわらず、感情を攻撃的に表現することは現代日本では
ハラスメントに抵触する可能性がある危険な行為として
ほぼ「良くないこと」と、規定されています。
ですので、たとえばアンガーマネジメントというジャンルが成立し、
「キレそうになったらまず6秒ガマンしよう」
とか教えられたりしているわけです。

思えば、われわれ日本人というものは
子供のころから礼儀を守ること、空気を読むこと、調和することを
モットーとした育てられ方をしている場合が多いのですが、
大人になってからもそれは公然と続いています。

ですが、周囲との協調が最優先される社会にいることで、
同時に個人が譲れない「正しさ」やアイデンティティが傷つけられているとしても、
それらは誰が慮ってくれるのでしょうか。
「怒りは攻撃的だから良くない」という社会は、
しかし怒りを持たなければ身を守れない場合を考えてはくれないのです。

なお、前述の「伝説の男」はその後、
同業界の当社よりも大手に転職し、さらにステップアップして
新進の中国企業に行ったという風の噂でございました。

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

リーマン20年のキャリアを3ヶ月分に集約し、フツーだけど濃度はまあまあすごいエッセンスをご提供するカリキュラム、「グッドゴーイング」を制作中です。

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