その230 ユニットを商品へ

「個の時代」という言葉はずいぶん広く使われてきました。

そこで一般に語られるのは、こういってはなんですが、いつも同じようなことです。
終身雇用の崩壊、経済構造の変化、SNS活用、副業などにより、個人が社会で生きるリスクが増すと同時にチャンスでもある。市場価値を証明しなくてはいかん、会社員でも会社に依存してはいかん、というあたりです。

実際、その通りです。

そして、必須のものとして挙げられるのが、プロとしての専門性です。第三者として誰かからオファーを得るためには他人に任される価値を示す必要があります。

個人事業の場合、その人がやっていること自体が専門性を生む、というケースが多いようです。仕事をこなしているうちにその仕事がうまくなる、付加価値をつけられるようになる、依頼が増える。当初自分が本業と定めたものでない業務の比重がいつのまにか高くなったりするのはそのためでしょう。

一方、会社員の場合、その時点でなにかの部門にあてがわれています。営業、開発、経理、なにかはひとそれぞれですが、いずれにせよすでにスペシャリスト的なポジションに立っています。会社組織ではみんなが持ち寄って成果を提供する形ですので、作物はバラバラである必要があるのです。

それがもし、個人で生きていきたい、またはそうしなければいけないとなったときにはどうでしょう。当然売り物は自分がつくっている作物になるはずです。何年もそれに専業しているので。

ですが、ちょっと問題があります。

経理の人が経理の仕事を売ろうにも、そのままでは売れないことです。経理を「代行」するのか、またはアプリのような形で「販売」するのか、いずれにしても自分の持っている現時点の能力を購買できるようにしなければいけません。
いちばん簡単なのはどこかの会社組織に自分を経理機能のあるユニットとして売りこむことですが、そうしたら「転職」になってしまいます。

会社員がなにかの専門機能をもったユニット装置であることはたしかです。
しかし、それを社会で流通させるためには、ユニットではなく単独で完結する商品でならなければなりません。

ユニットをいかにパッケージされた商品に変えるか、という課題を越えられなくては、会社員は「個の時代」に漕ぎ出していくことがまず、むずかしいのです。
 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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