労働と経営の境目

株を100%保有する株式会社のオーナー社長。その人物は経営者と言えるだろうか。オーナー社長=経営者という図式で考えるなら経営者かもしれない。だがそこに社員がひとりもいないとしたら。会社として受けた仕事を社長が現場で黙々とこなしているとしたら。それは経営者ではなく労働者である。

では社員がいれば経営者と言えるだろうか。会社で受けた仕事を社員に割り振り、彼らがちゃんと仕事するように時間や行動を管理する人。それは管理職であるが経営者とは言えないのではないか。大企業で課長がやっている仕事を社長という肩書きの人がやっているだけ。やはりそれは労働者の姿である。

では経営とは何か。それは不労所得を稼ぐことである。会社に仕事が入ってくる仕組み、入った仕事を社員がこなしていく仕組み、社員を管理して報酬を支払う仕組みなどが完成しており、自分がいなくても会社に利益が残り、自分の懐にもその一部が入ってくる状態。これを作り上げることが経営である。

もちろん放置しているだけで最良の状態は維持できない。ビジネスモデルの定期的なメンテナンスやマイナーチェンジ、時代によってはフルモデルチェンジまで行う。これも経営者の仕事である。だが基本的に通常業務からは手が離れている状態。これが経営していると言える状態ではなかろうか。

手が離れても自動運転で利益が生み出される仕組み。そこに必要なのは参加者全員が納得する報酬である。他社より待遇がいい。しっかり休めてしっかり稼げる。仕事にやりがいもある。だからどんどん人が集まる。集まった中から有能な人材を選ぶ仕組みもできている。手放し運転にはこの土台が欠かせない。

要するに「三方よし」の構造を設計すること。発注した顧客が喜び、そこで働く従業員も喜び、オーナーである自分も喜ぶ。この状態が、ある程度の期間、自動的に維持されること。それが三方よし設計である。設計が甘いからモチベーションが下がる。離職者が増える。人不足になるのである。

いかに関わる人を喜ばせ、儲けさせるか。他の会社を選ぶより心地いい、このチームに参加したい、と思ってもらえるか。ここを徹底的に考え抜く。丁寧に仕組みを組み上げていく。そして最後には自分が完璧に抜ける。抜けてしまってもいい状態を作り出す。これこそが経営者の姿である。
 

 

 

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