日曜日には、ネーミングを掘る ♯075 死ねばいいのに

今週は!

Mという
メイクアップアーティストの
女友だちがいて
先週数年ぶりに会った

彼女と話していると
仕事のことや
共通の友人たちの近況も
そこそこに
いつも父親の話になる

祖父の遺産を受け継ぎ
豪邸に住み
他人当たりが良く
善良で思慮深そうに
思われている人物が
彼女(と妹)に対しては
いかに権威的で
支配的だったか

そんな父親の内側は
いかに空虚で
愛に飢えているか

父親が
祖父から受け継いだ
遺産のなかには
愛はほんとうに
「ひとかけら」も
含まれていなかったのだ

父親の凄まじい負の感情は
負の引力にかたちを変え
彼女たちの人生を
絶えず飲み込もうとした

彼女は
そんな父親から
懸命に逃れようとした

彼女は逃げた

ニューヨークに
パリに
カンボジアに
梅が丘に

しかしそのたびに
父親の引力に
引き戻されてしまうのだった

彼女がいま
暮らしているのは
父親が建てた
マンションの一室だ

そこに自分のサロンを構え
巨大蜘蛛の巣にからめとられた
紋白蝶のように暮らしている

「死ねばいいのに」と彼女は言う

その言葉が
父親に向けられたものなのか
自分に向けられたものなのか
わたしにはわからない

わたしにわかるのは
彼女を苦しめる
父親的なものが
間もなく終わりを
迎えるだろうという
かすかな予感と
遠くから聞こえる
無数の父親たちの
断末魔の唸り声だけだ。

感想・著者への質問はこちらから