その215「理念の敵はなにですか?」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「理念の敵はなにですか?」

先日、自社の採用の取り組みに関連して、取材していただく機会がありました。
そのときに、

理念の敵はなにですか?

と聞かれました。
「敵!?」ってなりませんか?w
そしたら、彼らは「弊社では、それは“義憤”だ、って言っています」と教えてくれました。
それを聞いて、「義憤?なにそれ!?」って余計に混乱しまして(苦笑)
義憤を調べてみると、「道義に外れたこと、不正なことに対するいきどおり」らしいので、なにそれ!?は深まるばかりです・・・

まぁ、でも、考えてみたんです、「敵」について。

理念というのは、価値観みたいなものだと思うんですよね。
会社であれば、会社組織として、社会の中でこうあるべきだよね、こうありたいよね、ってことを言語化したもの。
だから、理想的な側面もあるわけです。
例えば、それって・・・
「公共施設のトイレのスリッパがぐちゃぐちゃなのは嫌だよね。揃えた方がいいよね。」
「社内にゴミが落ちてたら、拾って、ゴミ箱に捨てよう。皆でやったら、常に綺麗だよね。」
・・・のようなもの。

これ、まぁ、普通の人は誰だって、そう思いますよね。
だって、ゴミが落ちている会社より、清潔な会社で働いている方が良いわけで。
ゴミが落ちていたら、サッと拾って、ゴミ箱に捨てたらいいじゃん、って思うわけです。
ところが・・・できない。
落ちているゴミに全く気付けないときもあるし、気付いても見て見ぬふりをするときだってある。
そのときの自分の心の余裕みたいなものに依存しますよね。
心の余裕がなければ、そうした方が良いってわかっているけど、できませんよ。にんげんだもの。
つまり、自分を取り巻く環境、状況から受ける影響に左右されるわけで・・・それって、つまり「現実」ですよね?

そんなわけで、「理念の敵はなにですか?」の問いに、僕は「現実です」と答えました。

理念が、あまりにひどい内容だと社会から承認されません。つまり、そうした理念のもとに運営される組織や事業について、社会からの需要がないってことです。
あまりに極端な価値観を持った人とは付き合いづらいのに似ていますよね。
でも、まぁ、価値観ですから、そもそも、全ての人に共感されるわけではありません。

敵かぁ・・・なんでしょうかね。
少なくとも僕にとってそれは、義憤ではない気はする。

義憤かぁ・・・
まず、世の中って不公平なものだから、しょっちゅう義憤を感じちゃうんじゃないかな(汗)

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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