中東で見つける小さなブルーオーシャン
第8回「イランは悪の枢軸だからビジネス対象から外しているのですか?」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
イランは悪の枢軸だからビジネス対象から外しているのですか?

言葉としてはその通りかと思います。
ただ、実際は各国の思惑が複雑に絡み合っていて大変ややこしく、国際政治の分野が得意でない私にとってはなおさらです。いくつか不正確な部分があるかも知れませんが、概略を説明してみます。

「悪の枢軸」という表現はアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領が2002年の一般教書演説で使った言葉です。テロ支援を行う国、または大量破壊兵器を有する国として、イラン、北朝鮮、当時のイラクが名指しでそう呼ばれました。

つまり、アメリカから見て悪である、ということです。ちなみに、イランから見るとアメリカは「大悪魔」だそうです。

転機となったのは1979年のイラン革命ですが、革命以前、実はイランはアメリカと非常に仲が良かったのです。「中東最大の親米国」と呼ばれるほどで、欧米文化を取り入れ、通りにはバーも多くありました。また地理的に東と西の文化がぶつかり合う文化のるつぼであり、アートや音楽では独自のカルチャーを築いていたようです。

(↑イランのポップレジェンド、グーグーシュ。今のイランでは考えられないような服装で、音楽も攻めている。革命後、国内でのライブはしていない模様。Youtubeよりhttps://youtu.be/LEB4BvBr9zs

 

(↑イランのレジェンド歌手の一人、Farhad Mehrad。すばらしい歌声。Youtubeよりhttps://youtu.be/Yrzz1ZeGvEg?t=168

しかし、イラン革命後に起こったテヘランのアメリカ大使館占拠事件が決定打となり、アメリカはイランとの国交を断絶しました。この事件はベン・アフレック監督主演の「アルゴ」という映画になっています。
(アメリカのCIAが、テヘランに閉じ込められている大使館職員を架空の映画スタッフにでっち上げて国外へ脱出させる、というフィクションのようなノンフィクション。スリリングで面白いです)

(↑イラン革命以前の写真。街中でもミニスカートの女性が普通にいた)

 

その後、核開発問題や、西洋的視点で過度な人権侵害が行われていること等を理由に、欧米諸国やグローバル企業がイランに対する制裁を始めました。内容は大まかに3つです。

① 核兵器、ミサイル、特別な軍事技術などの軍事関連の輸出
② 原油、天然ガスなどの取引禁止
③ 金融制裁

①はそのままですが、ミサイルや核開発に使われそうなものの取引を禁止するということです。

②は、イランから原油を買うなということです。イランは天然資源が豊かな国なので、この禁則だけで相当効きます。以前は日本も大量に買っていました。今はアメリカとの関係上、取引が難しくなっていますが。

③質問の「ビジネス対象から外している」というのは、この金融制裁に当てはまります。
兵器や天然資源以外の一般商材を扱うビジネスは、この金融制裁に最も影響を受けます。世界の貿易取引の5割以上がドル決済によって行われていますが、アメリカがイランをSWIFTという国際送金網から除外することによって、イランは銀行間ドル決済が出来ない状態になりました。このためアメリカだけではなく、他の国とも貿易取引ができません。ちなみに日本から海外へ送金する際にも、北朝鮮やイランとの取引には関係ないことを宣言するチェック欄があります。

これでは兵器に関係のない普通の物品の輸入についても障害が出ますし、海外に物を売ることもできず外貨が減少します。現在イランのコロナ感染者数および死者数は中東でもトップクラスになっていますが、一般の医薬品だけではなく、必要な検査薬や医療機器の輸入も思うように出来ないでしょう。なので、この制裁は人道的にどうなんだという議論もあります。

もちろん全ての国がイランを締め出しているわけではなく、たとえば人民元での決済ができる中国とは取引が続いています。制裁を加えている側の国々も、本来魅力的なマーケットであるイランとはうまくやりたいはずですが、取引すればアメリカからの非難があるでしょうし、ある程度足並みを揃えざるを得ないのだと思います。

一時はイラン核合意によってイランと欧米諸国が歩み寄ろうとしていたものの、2018年にアメリカが離脱してからは緊張状態に逆戻り。そしてつい先日の1月4日、イランはウラン濃縮を20%まで上げると表明しました。核兵器として使用するには90%まで濃縮する必要があるのですが、20%→90%は容易です。つまり、我々はいつでも核兵器を準備できますよ、という牽制です。

もちろん各国はこれに反発している状態で、非常に緊張感のある新年スタートとなってしまいました。イランはアメリカだけでなく、サウジアラビアやイスラエルとも対立構図にあります。アメリカはバイデン次期大統領の当選が確実となりましたが、どのようにイランへ対応するのでしょうか。

私は一度もイランに行ったことがありませんが、非常に美しいところだと聞きますし、カルチャーに興味があります。また、国土も広く人口も多い大国ですので、マーケットとしての魅力も大きいです。調べていると親日の人が多く、その理由がいろいろと興味深かったのですが、本題と大きくずれるので別の機会にご紹介できればと思います。いつかビジネスが可能になれば非常に面白いのですけど。

 


 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ)

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながらイスラム圏ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。
海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。大阪在住。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

 

感想・著者への質問はこちらから