第44回「アラブでビジネスをするにあたって、アラビア語は必須なのでしょうか?(その2)」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
「アラブでビジネスをするにあたって、アラビア語は必須なのでしょうか?(その2)」

   回答   

前回、先輩方から「アラブ人と約束をする際、インシャアッラーという言葉に気をつけろ」と注意勧告を受けたことがあると書きました。
この言葉が約束事と共に使われるとき、日本人から見ると、「責任逃れのぼかし言葉」に思えてしまうのですが、彼らは意図的にぼかしているわけではないのです。
今回は、この「インシャアッラー」という言葉のニュアンスについて、より詳しくお伝えしたいと思います。

アラブ人とのビジネスは基本的に英語で事足りることは前回お伝えしましたが、英語での会話中にも「インシャアッラー」というアラビア語はバンバン出てきます。
ニュアンスがわかっていないと誤解しやすく、場合によってはトラブルの原因にもなるので注意が必要です。

インシャアッラーの直訳は「神が望めば」で、使用例としては次のような感じです。
「その件については明日回答します。インシャアッラー(神が望めば)」
「月曜の20:00にロビーに来るよ。インシャーアッラー(神が望めば)」
神が望む、って何を?
その約束が果たされることを、です。

【神のお望みは神のみぞ知る】

神が望むなら、その約束は果たされる。
逆に言えば、神が望まなければ約束は果たされない。
もし明日に回答がなくても、月曜日の20:00に間に合わなくても、最悪やって来なくても(考えがまとまらなかったとか、寝坊したとかいろいろ理由はあるにせよ)、とどのつまりは
「神がそれが起こるのを望まなかったから」
ということです。

この世界観、設定に戸惑う人は多いかもしれません。
ビジネスでも個人間のささいな約束事でも神が介入する、という事態に日本人は慣れていないからです。

そこで、この言葉は
「神様と言われてもピンとこないが、結局は不確定性を示す言葉だ。つまり、『たぶん』って意味だよね」
と理解される傾向にあります。
たしかに意味としてはわかりやすくなりましたが、これはこれで問題があります。
「ビジネスの取り決めにおいて『たぶん』とは何事だ」と怒り出す人が現れるのです。タイプとしては、ルーズさを許容できない几帳面な人に多いですね。

でも、考えれてみれば未来が不確定なのは当然のことです。
明日の約束をしていても、それまでに事故に遭ってしまうかもしれないし、全く別の不測の事態が起きないとも限らない。
そんな将来に関することを人間たちだけで決定するのは傲慢である、という前提が共通認識として存在しているのです。
我々日本人がわざわざ言わないことをきちんと口に出して言っているだけで、明言している分、厳密な口約束をしていると捉えることもできます。

全知全能の神のごとくすべてを見通すことができない自分に未来のことは確約できないから、インシャアッラーとつぶやいているのであって、けっしてミスした場合の言い訳の伏線を意図的に張っているわけではない、という認識を持っておけばOKです。

生真面目な日本人の中には「約束のときにインシャアッラーを口にするな」とアラブ人に迫る人もいると聞いたことがありますが、そんなことをすれば相手から「なんて不遜なやつだ」と思われて関係が終わっても仕方ありません。

【結局は人によるのですが…】

押さえておきたいアラビア語、インシャアッラー。

原義をカタめに言えば、
「私としては必ず成し遂げるという覚悟はできているが、神がお望みでなければ不可能であるから、神さえお望みになれば必ずや」
砕いて言えば、
「私も約束守りたいしできるだけ努力するけど、神様じゃないんだから100%の約束なんてできるわけないじゃん?」というニュアンスです。

実際にはほとんど口癖のようになっている人もいますし、先ほど述べたように「たぶん」的な意味で使う人もいますので、どれだけそこに文字通りの意味が込められているかは人によります。
ですから、あまり字面や言葉の意味に引っ張られる必要はないと思います。

それよりも、その人の行動を見て判断したほうが適切かもしれません。
ほとんど約束を守らないテキトーな人物も、着実に仕事をこなす信頼できる人物も、どちらもインシャアッラーを使いますが、たとえ言葉は同じでも意味に天と地ほどの差があるのは、言うまでもないでしょう。

もしアラビア語圏に行くことになったら、今回説明したニュアンスをぜひ思い出してください。(逆にこちらが使うのもアリです)
きっと余計な誤解やストレスを格段に減らすことができると思います。インシャアッラー。
 

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 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ) 

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながら中東ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。

海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

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