日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。
質問
「石油はいつか枯渇すると思います。中東の国民はそれに備えているのですか?」
それぞれある程度の準備をしていると思いますが、彼らは「石油そのものがなくなる」ことよりも、「石油への需要がなくなる」ことへの懸念を持っているように思います。
石油がなくなると言っても正確な埋蔵量が分かっているわけでもなく、また現在の採掘技術では埋蔵量の半分も取れていないと言われているので、技術が進歩すれば採取効率が大幅に上がることも考えられます。したがって、「石油枯渇まであと○○年」と言われていてもそれ以上になる可能性は十分あります。
しかし、枯渇せずとも需要がなくなれば石油は売れなくなります。
温暖化によって化石エネルギーから再生可能エネルギーへの置き換えが推進されており、その傾向は今後も続くでしょうから、より石油を使わない方向に世界が進んでいくのは間違いないかと思います。
「石器時代が終わったのは石がなくなったからではない」というのは、サウジのヤマニ元石油相の言葉です。石器時代が終焉を迎えたのは石がなくなったからではなく石器に取って代わる新技術が出てきたからで、それと同様に石油の時代が終わるのは石油が枯渇するからではなく、石油が別のものに取って代わられる時であるという意味です。
ではその時がくるまでは湾岸産油国は安泰なのかと言えば、そうでもありません。
中東最大の産油国はサウジアラビアですが、石油生産世界一位の国はアメリカです。
2014年頃にシェールガス革命が起こる前は「世界最大のカルテル」と言われているOPECが幅を効かせていましたが、今は以前ほどの価格統制力はありません。
収入の大半を石油に依存する産油国にとって価格が安定しないのは死活問題です。交渉力の強いアメリカがOPECの競合になっていることに加え、石油は投機マネーの影響を受けやすいので、もはや単なる需給バランスでは価格が決まらず、供給量を調整するだけでは価格をコントロールできません。
このように、枯渇以前に他の脅威があります。
この危機感から脱石油を考える国があります。
ドバイはその一例です。同じUAEのアブダビは石油が出るので潤っていませんが、ドバイはもともとあまり出ません。なので、金融センターを作り、観光産業に力を入れ、今は世界のお金を呼び込む中東のハブとして成功しています。
サウジアラビアも同じ危機感を持ち、脱石油を掲げた国策「ビジョン2030」を打ち立てました。石油産業以外に何をやろうとしているのでしょうか?
一つ具体例を挙げるとすれば、エンタメ産業です。この推進のためにエンターテインメント統括機構が創設され、その幹部は「ビジョン2030に述べられている目標に沿って、わが王国が世界のエンターテインメントの中心地として頭角を現していくことができるように」とも述べています。ついこの間まで映画館のなかった国がよく言ったな、とも思いますが、国策として本気で推進しています。
というのも、これまで酒もダメ、映画もダメ、外でのデートもダメ、というダメダメづくしで娯楽が少なかったサウジでは、娯楽を求める国民はドバイやバーレーンといった比較的ユルい地域やヨーロッパへ行き、そこにお金を落としていたからです。
石油の価格や需要が安定していれば問題なかったことも、もはやそれほど余裕をかましていられる状況ではなくなってきた。どうせなら国内で娯楽を提供して、少しでも国内経済を回したいという考えです。
もう一つは観光産業です。もともとサウジアラビアは、世界中のイスラム教徒を呼び込む「聖地巡礼」というキラーコンテンツを持っていますが、それに加えて非イスラム教徒にも積極的に門戸を開いていこうという姿勢が見えます。つい最近観光ビザが解禁されたのもこれが理由です。
石油産業がいつまでも盤石ではないという危機感から、新しい産業を生みだそうという方向へ進んでいます。
この記事を書いた人
大西 啓介(おおにし けいすけ)
大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながらイスラム圏ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。
海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。大阪在住。
写真はサウジアラビアのカフェにて。