このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ガープの世界』に見る欲望と運命の狭間の人生。
『ガープの世界』は小説を読んだのが先だったのか、映画を見たのが先だったのかよく覚えていない。確か、アメリカで大ベストセラーになり、日本での翻訳が待たれていたのだが、翻訳本の発売と映画の日本公開がほぼ同時だったように記憶している。私の本棚の隅っこには翻訳版の『ガープの世界』の上下巻と映画のパンフレットが一緒に並んでいる。
最初に少しだけ小説版の『ガープの世界』を紹介したい。主人公はタイトルにもなっているガープ。そして、ガープを産んだ母親は子どもを作るため以外のセックスはしないと決めていた。そこで、看護師をしていた母親は戦争で倒れ植物状態になっている兵士と出会う。もちろん、患者と看護師として。そして、彼の性器が勃起したままなのを知り、無理矢理セックスをして子どもを産むのである。そして、生まれたガープはセックスとレスリングと物語を書くことに興味のある、ちょっと変わった人間として成長する。
物語は暴力的な出来事や、人と人とのわかり合えない様子を描いていくのだが、それがなぜか絶望的には見えない。どちらかというと、わかり合えない世界で強く生きる意味のようなものを教えてくれる。しかも、小説の中に小説が入り込むという入れ子状態が面白く、少し狂った世界を深く思考しながら読者が認めていくという流れが見えてくると、もう作者ジョン・アーヴィングの虜だ。
映画版はどうかというと、主人公のガープを名優ロビン・ウィリアムズが演じたことでさらに慈愛に満ちたものになった。ただし、映画のトーンがコメディタッチであるだけに、人の欲望や理不尽さが全面に出る場面での絶望感が半端ない。ガープが力なく笑うだけで、胸が締め付けられる。世界とはこんなにも残酷なのか、とガープの笑顔だけが私たちに伝えているかのようだ。
世の中の理不尽のほとんどの発端は、誰かの正義だと思う。正当な理由があるから、他人に対して強引なまでに干渉してしまったり、暴き出してしまったり、逆に味方につけようとしてみたりする。それが世界を混乱させ、手に入れられそうな成果をみすみす取り逃す結果へとつながる。この映画をいま見ていると、80年代という時代の強欲な匂いがする。では、いまこの映画のような世界がないのかというとそんなことはない。もっと激しく、もっと容赦なく理不尽は渦巻いている。そして、そんな理不尽と戦うのではなく、最初から相手にしたくないという人たちが大多数となり、世界と用心深く距離を取っている。いまや人々は優しく生きていける場所を作り出そうと必死だ。
会社という組織の中で、組織に積極的に関わりたい人なんて皆無だ。人知れず会社と距離をとろうとしている人たちが会社という組織を支えているといってもいいのかもしれない。
【作品データ】
ガープの世界
The World According to Garp
1982年制作
136分
原作/ジョン・アーヴィング
脚本/スティーヴ・テジック
監督/ジョージ・ロイ・ヒル
出演/ロビン・ウィリアムズ、グレンローズ、ジョン・リスゴー
主題歌/ビートルズ「When I’m Sixty-four」
著者について
植松 雅登(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。