経営者のための映画講座 第13作目『カポーティ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『カポーティ』が教えてくれる仕事のすごみ

これまで70年代80年代の映画作品を中心に紹介してきたので、少し新しい映画を紹介したいと思う。2005年に公開されたアメリカ映画『カポーティ』である。この作品はタイトルからもわかる通り、作家トルーマン・カポーティを主人公にした伝記映画である。カポーティを演じるのはフィリップ・シーモア・ホフマン。彼はこの作品でアカデミー賞の主演男優賞を獲得している。他にも作品賞・監督賞・助演女優賞・脚色賞にもノミネートされた、とても評価の高い作品だ。

この映画、カポーティの伝記映画と言っても彼の一生を追うわけではない。彼の出世作となった『冷血』をテーマにしたもので、1959年、アメリカのカンザス州で一家4人が惨殺されるところから映画は始まる。そして、この事件を知ったカポーティが取材を申し出て、ノンフィクション小説として書き上げるところまでが描かれている。

カポーティは事件が起きた当時、すでに売れっ子作家であり『ティファニーで朝食を』などで有名人となっていた。しかし、小説家としてもっと刺激的な、もっと人の生死に関わるようなものを書きたいと願っていたカポーティにとって、一家惨殺事件への取材は必然であったと言えるだろう。彼は、事件現場を訪れたあと、捕らえられた二人組の犯人に取材を申し入れる。そして、そこからカポーティはこの事件から抜け出せなくなるのである。

この映画の面白さは、実際に起きた事件を元にノンフィクション小説を書こうとするカポーティと、有名なカポーティが小説にしてくれることで自分たちは死刑を免れるのではないかと考える犯人たちの交流にある。何度も面会をしている間に、カポーティは彼らの恵まれない日影の人生に、自分自身のセクシャリティの問題を重ね合わせて同化していく。それを感じて犯人たちは、早く小説を書いて俺達を助けてくれ、と懇願する。しかし、小説は完成しない。なぜなら、事件が終わっていないからだ。事件の終わりとは犯人たちの死刑執行しかない。つまり、目の前にいる犯人たちが死刑になって初めて、カポーティの作品は完成するのだ。

当時、流行作家はクリスマス商戦の前に朗読会を開いていた。新作小説のさわりを小説家自身が朗読し、期待を煽り売上に貢献するわけだ。カポーティもまだ終わらない小説を朗読した。それが新聞記事になる。「カポーティの新作『冷血』は素晴らしい」と。次に犯人たちに面会に行くと、犯人の一人が言う。「新聞を読んだよ。タイトルは『冷血』っていうらしいな。冷血っていうのは俺達のことなのか」と食ってかかる犯人。「いや、違うんだ。このタイトルは奇をてらった出版社が付けたもので、仮題なんだよ」と誤魔化すカポーティ。この頃から、彼は面会に行かず、ただただ犯人の死刑執行を待つだけになる。

やがて、死刑が執行されカポーティはそれに立ち会う。小説は完成し、大ベストセラーとなり、映画化もされカポーティの名声は確固たるものになる。しかし、カポーティはそれ以降の作家人生で一作も小説を完成させることが出来なくなってしまったのだった。

このすさまじいまでの仕事に対する執着は、物事の本質を知ってしまったカポーティにとっては逃げようのないことだったのかもしれない。しかし、あなたがカポーティの小説を出版している出版社の経営者だったとしたらどうするだろう。悪魔と取引をしてまで作品を完成しようとしているカポーティをあなたは静観しているのか、それとも彼の頰を張りながら「目を覚ませ」と諭すのか。ここは正直、難しい判断を迫られるところだろう。しかし、どちらにせよ、書かれようとしている作品が本物かどうかを見極める力は必要だ。経営者とは書き手と読み手の間に立つ目利きとしての力を求められる存在なのかもしれない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

感想・著者への質問はこちらから