経営者のための映画講座 第51作『未来は今』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『未来は今』のちょうど良さに安堵する。

コーエン兄弟が1994年に完成させた『未来は今』はコメディ映画である。舞台は1950年代の終わり。大学を卒業したばかりの主人公(ティム・ロビンス)がニューヨークで仕事を探し始め、あっと言う間に社長に登りつめるという物語である。と書くと、なんだかハリウッドクラシックのフランク・キャプラ的な内容だと思われるかもしれない。でも、そうはいかない。何しろ『ノーカントリー』で最強の殺人鬼を登場させ、『ファーゴ』で不条理なブラックジョークを放ったコーエン兄弟である。

この映画も随所にサラリーマンに襲いかかる不条理がこれでもかと描かれる。しかも、それがブラックジョークを含んだ内容なのだが、どれもが大笑いにつながらないのだ。不条理なくせに抑制がきいていて、観客としてはクスクスと笑うしかない。また、大笑いすることが不謹慎だと思わせる切実さが物語の背景にある。そして、そんな小さな笑いを宝物のように物語のあちらこちらに丁寧に埋めていくような作業が、コーエン兄弟らしいと言える。

そう、この映画を観ていると、私たちはもしかしたら小さな宝石のような笑える話を見逃しているのではないか、思えてくる。そして、たったそれだけのことをティム・ロビンス、ジェニファー・ジェイソン・リー、ポール・ニューマンらが必死になって私たちに伝えてくれているように思えるのだ。

会社を経営している立場から見ると、裏切ったり裏切られたりしながらも維持されていく会社という組織がまるで生き物のように感じられるかもしれない。そして、最後の最後、それほど賢くはないけれど、決して嘘がつけないティム・ロビンスが温かな心を持つ社長として次のことに挑戦しようとする姿に自分を重ねることができるかもしれない。

そして、映画の中で登場人物たちの運命を上げたり下げたりする重要なアイテム、フラフープが懐かしさも相まって、奇妙な存在感を発揮する。フラフープを回しているつもりで、その遠心力に翻弄される人々を見ていると、なにかをコントロールするなんて無謀なことを考え始めたところから、私たちの哀しみが始まったのかもしれない、なんて考えてしまう。

 

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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