このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ウェールズの山』に見る幸せなミイラ取り。
原題は『丘を上り、山を下りてきたイングランド人』。1917年、第一次世界大戦のまっただ中である。ウェールズの小さな村でも、若い男たちは戦争に取られてしまい、女と年寄り、そして、病人と訳あって戦争から帰ってきた者ばかりだ。
そんな村に二人のイングランド人がやってくる。軍から派遣された測量技師で、この村にある山の高さを測りに来たのだという。実はこの山の高さが微妙で、当時の基準では高さが305メートルなければ「丘」と認定されてしまう。村人たちは大騒ぎ。なにしろ、この「山」は村の誇りなのだ。それが「山」ではなく「丘」になってしまうかもしれない。村人たちが見守る中、測量が行われるのだが、結果は299メートル。6メートル足りず、「山」は「丘」だと認定されてしまう。
しかし、村人たちは黙ってはいない。6メートル足りないなら、6メートル足せばいいじゃないかと村人総出で「丘」の上に土を運び始める。そう、「山」になるまで。ここからは村人たちの必死の作業と、測量技師たちへの引き留め工作がコメディタッチで描かれていく。主人公である測量技師のアンソン(ヒュー・グラント)は次第に彼らの懸命さに心打たれていく。
この映画、随所に実話を匂わせる表現があるが、実話ではない。映画のために用意されたオリジナルストーリーだ。しかし、何度見ても「もしかしたら、元になった話しがあるんじゃないの」と思わせるリアルさがある。それは村人たち1人1人がとても活き活きしていることと、丘から山にするために足りない高さがたった6メートルというところだろう。
10メートルなら「ああ、無理だ」となるだろうし、2メートル「大きい石でも置いてこい」ということになる。この6メートルという微妙さがいいのである。そして、同じように村人たちも微妙にややこしいのだ。頑固で偏狭な神父がいたり、手当たり次第に女に手を出す好色な男がいたり。それでも、村人たちは互いを許し合いながら助け合って生きている。だからこそ、主人公はこの村に愛着を持ったのだし、最後には村の娘と婚約までする。まさにミイラ取りがミイラになるという話しだ。
人生には時々、こういうことが起こる。日本に転勤を命じられたフランス人が仕事を抜きにして日本に惚れ込み帰化してしまう。ふらりと沖縄旅行をした若者がそのまま沖縄に残り、そこで仕事を始めてしまう。そして、そんな人たちのビジネスはだいたいが優しい。無理もしないしさせようとしない。その分、危うさがあったり弱さがあったりするのだが、そんな彼らを支えるのは彼らが最初に惚れ込んだ微妙で絶妙なその場所の魅力なのだろう。自分の身の丈にあったからこそ、そこに惹かれたのだ。最初から大金持ちや楽な人生を望んでる人ばかりじゃないから、世の中は面白いのだ。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。