経営者のための映画講座 第45作『タクシードライバー』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『タクシードライバー』に見る強制された仕事の末路。

1976年公開の『タクシードライバー』は監督のマーティン・スコセッシにとっても主演のロバート・デ・ニーロにとっても出世作となった。また、『俺たちに明日はない』『卒業』あたりから始まったアメリカンニューシネマの終焉を飾った作品と言えるかもしれない。

物語はニューヨークのタクシー会社にトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が現れるところから始まる。なんとなく気が弱そうに見えるトラヴィスだが、採用担当者との会話が微妙にかみ合わない。どことなく世の中を小馬鹿にしたような、コミュニケーションに障害があるような、そんな気がする。そして、映画を見ている間にそんな予感が当たっていることに、観客は徐々に気付いていく。このあたりの丁寧な導入が実に見事だ。

トラヴィスはベトナム戦争帰りの元海兵隊員。しかし、ベトナムでの後遺症は大きく、彼は戦争から帰っても不眠症に悩まされていた。どうせ眠れないならとタクシードライバーを志望したのだが、同僚からも煙たがられ、深夜、ニューヨークの町を流しながら街角に立つ娼婦たちに悪態をつく日々だ。

非番の日は一人ポルノ映画館の暗闇に身を沈めるしかないトラヴィスだったが、ある日、次期大統領候補の選挙事務所で働く美しい女に心惹かれる。選挙事務所の手伝いを申し出て仕事をする内に、トラヴィスはその女性と懇意になるのだが関係は続かない。映画に行こうと誘いながら、普段自分が通っているポルノ映画館に連れて行くだから嫌われても仕方がない。しかし、心を病んだトラヴィスにそんな理屈は通用しない。結局、心惹かれた女もゴミ溜めのような町の娼婦と変わらないのだと勝手に思い込み逆恨みをする。

ここからトラヴィスの行動は常軌を逸していく。髪をモヒカン狩りにして次期大統領候補者の暗殺を企てる。身体を鍛え、銃を手に入れ、一人黙々と計画に向けてひた走る姿は都会の中の孤独な魂を見せつけられているようで辛くなる。結果、彼は暗殺に失敗し逃走。しかし、その流れで以前、町で見かけた少女アイリスを売春稼業から救いに行く。そこでヒモの男を射殺し、元締めの男も射殺。恐怖で怯えるアイリスの前で、トラヴィスは自らの命を絶とうとするがすでに弾丸は尽きていたのだった。

翌日からトラヴィスは裏社会から一人の少女を救った男だと祭り上げられる。この皮肉な結末に、一人冷静になっているのはトラヴィスだ。同僚たちとにこやかに話す姿が映し出され、もしかしたらトラヴィスにも平穏な日々が訪れたのかもしれないと観客は思わされる。しかし、ニューヨークの町でタクシーを走らせるラストカット。ここで、不穏な一コマが挿入される。ふいにバックミラーを見たトラヴィスの目飛び込んできたのは、町のネオンや車のライトが交差し歪んで見える奇妙な光景だ。目が霞んだのかと二度見するトラヴィス。ここで映画は終わる。

結局、戦争という苛酷な職場に強制的に連れて行かれ、心を病んだトラヴィスに二度と平穏など訪れないのかもしれない。どんな仕事でも順応できる人と出来ない人がいる。昭和の時代なら、仕事でどれだけ無理をしても心安まる家に帰ればなんとかバランスが取れたのかもしれない。けれど、四六時中ストレスとプレッシャーに押しつぶされそうな日々の中で、自分に向かない仕事をすることは命取りだ。ニューヨークの歪んだ光が交錯する中で、トラヴィスの心の闇が照らされてしまわないように祈るばかりだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

2件のコメントがあります

  1. 第45作『タクシードライバー』のコラムを拝見させていただきました。
    コラムを読んだだけで、この映画を見たくなりました。
    最後のカット、トラヴィスはどのような表情をしているのか、それに至るまでの彼の人生を見てみたいと思いました。
    言葉の連ね方がとても素敵です。次作も楽しみにしています。

    1. 八朔ゼリーと高層ビルさん

      コメントありがとうございます。
      この映画からデ・ニーロと
      スコセッシ監督の快進撃が始まったのでした。
      せひ、見てください!

      植松

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