この対談について
「日本一高いポスティング代行サービス」を謳う日本ポスティングセンター。依頼が殺到するこのビジネスを作り上げたのは、壮絶な幼少期を過ごし、15歳でママになった中辻麗(なかつじ・うらら)。その実業家ストーリーに安田佳生が迫ります。
安田
今でこそ順風満帆な生活を送られている中辻さんですが、これまでの人生を振り返って「ここはやり直したいな」と思うことってありますか。
中辻
えー、どうかなぁ。基本的には思わないですけど。あ、1つありました。以前働いていた印刷会社を辞めたこと。それは少し後悔しましたね。
安田
その会社、以前の対談でお聞きしましたね。たしか入社1年ほどで正社員、5年後には工場長、という大出世をされて。
中辻
ええ。Illustratorというグラフィックソフトを使った仕事をしていたんですが、それがすごく好きで。あのまま働き続けて、自分がどこまでできるか試してみたかったな、という気持ちはあります。
安田
なるほど。そもそもなぜお辞めになったんでしたっけ。
中辻
リーマンショックなどの影響で会社の経営が危なくなってしまって、これはちょっと娘を養っていけないかもしれないと。嫌になって辞めるわけではないから、当時も残念な気持ちでしたけど。
安田
そうだったんですね。でも結果的に、その会社を辞めたからこそペイント王に出会い、そしてマメノキカンパニーの取締役にもなっていくわけで。そう考えるとその退職も、人生の階段を上るために必要なことだったように思います。
中辻
安田
中辻さんはこの先も経営者として着実に成長して、さらなる高みに上っていきますよ。私は勝手に確信しています(笑)。
中辻
安田
ちなみに社会人になる前はどうでしょう? 10代で子どもを出産して育てていくってかなり大変なことですよね。当時を振り返って、ここはやり直したかった、こんな人に出会いたかった、と思うこともあるんでしょうか。
中辻
いえ、特に思わないですね。そういう判断をしたから娘にも出会えているわけですし。そもそも私、家庭環境こそ最悪でしたけど、周りに助けてくれる大人は大勢いたんですよ。
安田
中辻
ろくに通っていなかったのに、中学の先生もすごく親身になってくれて…時には厳しく叱ってもくれました。今でも恩を感じています。
安田
中学生にとって、親や学校の影響って大きいですからね。中辻さんはいい先生に巡り会えていたようで良かったです。
中辻
ええ、ありがたいことです。それに、妊娠後に受けた仕事の面接でも、素敵な方々に巡り会っているんですよね、私。
安田
中辻
はい(笑)。当時私は15歳で、赤ちゃんの父親は20歳くらい。2人とも全然お金がなかったから、赤ちゃんを育てるためにすぐにでも働かなきゃと思って。
安田
すごいですね。でも15歳だと雇ってくれるところも少ないんじゃないですか?
中辻
仰る通りです。でも当時はそういうこともよくわからないので、自分がやりたい仕事に体当たりで面接に行っていました。
中辻
せっかく面接に来てくれたんだから、アナタが憧れている美容師の本気を見せたるわ! って(笑)。
安田
すごいいい人じゃないですか(笑)。お話を聞いていると、確かに中辻さんって、ものすごくいい人に恵まれていますね。
中辻
そうなんですよ! 実の父親以外、いい人ばかりに出会えています(笑)。
安田
家庭環境のせいで家を出ることにはなったけれど、その後は社会のいろんな大人が中辻さんのことを受け入れ、育ててくれたんでしょうね。
中辻
ええ、本当に周りの方々には感謝しています。学歴や常識が全然なくても「自分の想いはきちんと伝える」という気持ちがあれば、助けてくれる人はいるんですよね。
安田
ああ、確かに中辻さんってそういうイメージです。本音で話すからこそ、相手も協力したくなるというか。
中辻
もちろん心優しい大人がたまたまたくさんいた、ということもあると思います。そこについてはものすごく運が良かったなと。
安田
素晴らしい。きっと前世ですごく良いことをしたんでしょうね(笑)。
対談している二人

中辻 麗(なかつじ うらら)
株式会社MAMENOKI COMPANY 専務取締役
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1989年生まれ、大阪府泉大津市出身。12歳で不良の道を歩み始め、14歳から不登校になり15歳で長女を妊娠、出産。17歳で離婚しシングルマザーになる。2017年、株式会社ペイント王入社。チラシデザイン・広告の知識を活かして広告部門全般のディレクションを担当し、入社半年で広告効果を5倍に。その実績が認められ、2018年に広告(ポスティング)会社 (株)マメノキカンパニー設立に伴い専務取締役に就任。現在は【日本イチ高いポスティング代行サービス】のキャッチコピーで日本ポスティングセンターを運営。
