
はい。正月一発目の質問は30代無職の方からいただいています。いつも役に立つお話ありがとうございます。私は今年の4月から無職となり、好きなことだけをして人生を謳歌している者です。20代の頃から「人と同じ人生は嫌だ」という思いがある反面、人と違う人生を歩むことに不安や恐れなどがあったことから、うだつが上がらない日々を過ごしてしまいました。ここ5年ほど幸せについて考え続け、「幸せとは比べないことだ」という結論に至りました。みなさんにとって「幸せ」の定義とは何ですか?どうぞよろしくお願いいたします。ということです。

違うんじゃないですか(笑)。でも、相当難しいっていうふうに聞いたことはあります、比べないっていうのは。悟りの最終段階だと聞いたことがあって。だから、本当に比べないことができるんであれば幸せかもしれないなと思いました。私が普段思っているというか目指しているのは、フローっていうか・・・ゾーンとはまた違うんでしょうね、ずーっと砂場でお城を作ることがよく例えられるんですけど、とにかく夢中で何かをやっている時間を増やす。

でも、さっきの砂場とかの話でね、夢中なことで、例えば「比べない」っていうことで言ったらですよ、無人島で1人で黙々とそれをやり続けるのと人がいる状況でやるのと一緒っていうことになるじゃないですか。

自分が例えば木の人形を彫り続けるのがすごい好きだとしたら、べつに無人島でも幸せになれるっていうことなんでしょうけど、僕はやっぱり人と比べないっていうのはなかなか難しい気がしてですね。例えば栃尾さんも自分の子どもがよその子よりもちょっと秀でて足が速いとかになってくると、「よその子のクソガキに勝ったわよ」みたいな。

もちろんありますよ。私はだから悟りの境地には全然達していないのでめちゃくちゃ比べますし、嫉妬しますし、羨ましいし、人より優れていたらやっぱり優越感を感じるし、それは全然ある。でも、それがないほうが幸せなんですかね。

それを「ブッダ君もついに幸せになったな」なんて言うのはちょっとおこがましいっていうか。幸せっていうのは肉体を持っている我々が「なかなか今日もハッピーだね」っていうとこなんで、やっぱ比べないと。「人よりちょっと俺は仕事できるよ」とかいうのがやっぱ必要なんじゃないのかなと思うんですけどね。

私は比べることから解放されるから良いと思ってます、夢中になると。比べるっていうのは心情的に苦しいので、できれば比べないで生きたい。で、夢中になってるときだけは比べるって気持ちを忘れられる。好きなことに没頭してるときはそんな感じですね、私のイメージは。

それはつまり、生まれてこの方、例えば「無人島に生まれて“比べる”っていう概念がない人の没頭」と「普段比べちゃうからこそ今没頭してて私は幸せだった」っていうのとはちょっと違うような気がするんですけど。

やっぱ、だから人は人と比べて、しかも近い人と比べるじゃないですか。例えば「ウサイン・ボルトと比べて走るのが遅い」っていうのは全然ストレスになんないじゃないですか。だから「自分と同じような近い人よりちょっと下」っていうのが一番悔しいっていうか。逆に言うと、自分よりものすごい遠いアフリカの飢え死にしそうな人と比べて「私は幸せだ」っていうのも、これも難しいんですよね。

身近な人で、ちょい自分より不幸、ちょい自分より弱っちいっていう人と。僕、昔「下を向いて生きよう。」っていう本を書いたことがあるんですけど、幸せになる近道は自分の身近にいる人のちょい下な人と仲良くなり、ちょい上の人と一切縁を切るっていう、これが一番幸せなんじゃないのかなっていう(笑)
*本ぺージは、2018年1月3日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。
ポッドキャスト番組「安田佳生のゲリラマーケティング」は毎週水曜日配信中。