第20回「雇用継続は誰のため」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第20回「雇用継続は誰のため」

安田

トヨタの社長さんが「終身雇用は無理です」って言っちゃって、名古屋ではどんなことになってるんですか?

久野

いや、地元ではあんまり騒いでないですね。

安田

30兆という史上最高の売上で、「トヨタが無理だったら、どこができんの!?」みたいな感じになっちゃいそうですけど。

久野

経営者はみんな無理だと思ってますからね。でも労働法との整合性がまったくとれなくなってます。

安田

労働法との整合性?

久野

労働法は社会保障の絡みで、年金の受給年齢を上げたいっていうのが最大の命題なんですよ。

安田

そうですよね。できれば70歳まで年金の受給年齢を上げたい。

久野

そうすると、雇用の期間を延長するしかない。

安田

いま、65歳が義務化されてるんでしたっけ?

久野

60歳が定年で、65まで継続雇用っていうのが、高年齢雇用安定法で決まってます。

安田

つまり義務化されてるんですよね。「クビにしちゃいかんよ」っていう。

久野

義務化されてます。で、これを「65歳までもっていきたい」っていうのが政府の思惑なんですよ。

安田

65歳定年ってことですか?

久野

まず第1段階は「65歳定年の70継続雇用」です。

安田

まあ、そうなりますよね。

久野

で、そこから、たぶん年金を72とか3とかにしていく。

安田

さらに伸ばすと?

久野

ただ、そうすると空白ができるので、67定年の72とかを、どこかで段階的にやっていきたい。

安田

じゃあ、第1弾の「65定年の70まで継続雇用」は、あっという間に可決されますか?

久野

努力義務が来年から審議に入ります。65まで継続雇用、70までは努力義務みたいな。

安田

でも、だいたい「努力義務」から「義務」に変わっていくじゃないですか。

久野

まあ、そうですね。

安田

今 65までの延長は実質義務化されてるわけで、これが5年延びるっていうことですよね。

久野

そうですね。ちょうど人手不足だから、どさくさ紛れに「新規採用をするよりも既存の人に働いてもらったほうがいいんじゃないですか」っていうトークで。

安田

トークで?

久野

どんどん定年年齢をスルスル引き上げていく。

安田

経営者は絶対に反対しますよね?

久野

政治的な観点から見たら、経営者よりも労働者のほうが圧倒的に多いので。聞こえのいい法律じゃないですか。法案も通りやすい。

安田

まあ確かにそうですけど。

久野

経済界は反発するでしょうけど、政治的には問題ない。

安田

それって、国が払うべき年金を「会社に肩代わりさせる」ってことですよね?

久野

まあ、そういうことですね。

安田

本当は「年金払えません」って言えたらいいんですけど、そんなこと絶対できない。

久野

はい。それ言ったら選挙で大敗しますので。

安田

で、企業に継続雇用させて、支給年齢を上げていくと。

久野

はい。

安田

死ぬギリギリまで働いてくれれば、年金を払わなくて済むと。

久野

そうですね(笑)

安田

でも一方で、トヨタの社長も言ってるように「終身雇用は無理だ」っていう。60どころか50も無理だって言ってるわけじゃないですか。

久野

言ってますね。

安田

45歳リリースが当確みたいな。下手したら40歳ぐらいでいったん整理みたいな。

久野

ビジネスのスピードを考えると、中途半端な人が稼げなくなってます。新しいことを取り込める次世代の人が出てきちゃってるんで。

安田

ですよね。

久野

就職してから20年も経つと、もってるスキルがほぼ陳腐化してるし、バージョンアップもしてない。

安田

その世代はついていけないと。

久野

はい。で、「その同じバージョンのまま、60とか70っていうのは、もうないよ」っていうのが、トヨタの社長が言いたいこと。

安田

でも、そういう発言を、政府として「ちょっと待て」と止めるような感じでもないじゃないですか。

久野

ないですね。

安田

その矛盾はどのように解決する予定なんですかね、政府としては。

久野

ドイツがむかし、シュレーダー政権のときに解雇OKにしたんですね。その代わり市場にあふれた人に関しては「国で再教育して市場に送り返します」みたいな。

安田

で、どうなったんですか?

久野

ドイツはそこから生産性が一気に上がった、という経緯があります。

安田

へぇ。

久野

だから、やっぱり官民のバランスだと思うんですよ。

安田

官民のバランス?

久野

これだけ経済団体から反対されてますから。

安田

そりゃあ、反対しますよ。

久野

そうなったら、今度は国が「どうやって市場に人を戻すか」ということをセットで考えないといけない。

安田

国にそんなスキルがあるんですかね。たとえば45歳以上の人を抱えながらでは、国際競争に勝てないってことを、政府や官僚の人は分かってるんですか?

久野

分かってると思いますね。

安田

じゃあ、ひとつの会社で40年50年同じことをやり続けたら、「途中で絶対に使えなくなる」っていうことも分かってますか?

久野

分かってますね。

安田

「70まで働き続けてほしいけど、そのためには一人一人がスキルアップし続けないといけない」ってことも分かってる。

久野

分かってると思います。だから再教育は絶対必要だと思ってる。

安田

政府主導で再教育なんて出来るんですか?

久野

出来ると思ってるでしょうね。

安田

じゃあ、再教育して、そして市場に送り返すと。

久野

そういうシナリオだと思います。

安田

でも、そうなる為には、会社から一度出ることになりますよね。

久野

なるでしょうね。

安田

金銭解雇みたいなこともあり得ると。

久野

ただ、そこに関しては、政治との絡みで大きな金額になると思うんですよ。つまり生産性の高いところしか人材が吐き出せないような仕組みになってくる。

安田

どのぐらいなんですか?金額っていうのは。

久野

2年分とかですね。最低。

安田

中小企業からすると、2年分なんて絶対払えないじゃないですか。

久野

まあ、払えないですね。大企業を基準に法律を決めようとしてますから。

安田

そこまでして中小企業にしがみつく人は、いないだろうってことですか?

久野

そうだと思います。だから大手が払える、中小は払えないぐらいの、絶妙なラインになるんじゃないですか。

安田

2年分払えない会社は、このまま人材を抱えていくしかないと。

久野

そうなりますね。

安田

で、生き残れない会社は淘汰される。

久野

結果的にそうなります。

安田

それで生産性は上がるんでしょうか?

久野

「上がるはずだ」と政府は考えているんです。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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