第117回 闇の深い問題

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第117回「闇の深い問題」


安田

オリンピック選手に暴力を振るった話。女子空手の。

久野

はい。パワハラのやつですよね。

安田

そう、パワハラで。「またか」という感じですけど。柔道やレスリングでもあったし。

久野

そうですよね。

安田

普段から言葉でのパワハラを受けていたそうで。極めつけは「練習中に竹刀で目を突かれて失明しそうになった」って。

久野

「指導の一環で」というパターンですね。

安田

いつもそれですよ。「いや、これは指導なんだ」とか「非常に選手思いの人だ」とか「家族のように思ってた」とか。

久野

必ずそういう話が出てきます。

安田

そういうことは関係ないじゃないですか。家族思いだろうが何思いだろうが、竹刀で目を突いたらいかんわけで。そんなのは当たり前だと思うんですけど。

久野

部活とまったく同じで、自分がうまくいったことを繰り返すんです。「先輩からしごかれて、それで甲子園に行けました」って。

安田

甲子園に行けたらパワハラも感謝に変わると。

久野

厳しい練習が美化されて、感謝に変わるわけです。

安田

「いつか、きっとこいつもわかってくれる」みたいな。

久野

自分が苦しかったことは忘れちゃう。だから自分が指導者になったとき、また同じことをやろうと思う。要は何も考えてないんです。

安田

このご時世に「パワハラや暴力的な指導はダメだよね」ってことはわかってると思うんですけど。

久野

本人はパワハラだとは思ってないんですよ。

安田

パワハラ以外の何ものでもないですけど。「うちの練習に参加しないなら強化試合に出させない」とか。

久野

やってることはそうなんです。

安田

しかもこれって部活じゃなくオリンピックの話ですよ。しかも金メダル候補の選手。表に出たらたたかれることぐらい、容易に想像がつくと思うんですけど。

久野

指導者のおごりだと思います。特別な関係だと思ってるんじゃないですか。その自信があるから「まさかこいつは人には言わないだろう」と。

安田

見事に暴露されちゃいましたけど。

久野

まわりが見えてないんだと思います。「俺に言われたことをやっとけば絶対によくなる」と思い込んでる。

安田

組織委員会にも直訴してたみたいです。でも委員会の人が指導者に忖度しちゃって。

久野

組織的に根深いですよね。

安田

自分に歯向かったから「もうおまえは出してやらない」って。駄々こねてる老人にしか見えないんですけど。

久野

パワハラしてる人って「自分はパワハラしてない」と思ってるので。

安田

でも自分の監督生命、指導者生命が終わるかもしれないわけですよ。選手にしたって、自分の選手生命をかけて直訴してるんでしょうし。

久野

そうですね。

安田

そこまで追い詰められてるのが、すぐ近くで指導しててわからないもんですかね。

久野

特に名指導者と言われる人って、いろんな人からちやほやされて、どんどん客観性が失われていくんだと思う。

安田

それにしてもやり過ぎですよ。

久野

確かに竹刀で目を突くのは論外ですけど。パワハラする人って繰り返すんですよ。

安田

確信犯ってことですか?

久野

いえ。1回パワハラをして内部告発があって、偉い人から注意を受けたんだけど、またパワハラをして。もう1回注意を受けて、さらにもう1回みたいな。

安田

学習しないってことですか?

久野

「いくらなんでも気づいてるでしょ」って言われても、気づかない人も多いんです。

安田

そういえば厚生労働省で「パワハラ担当部署の人がパワハラしてた」というニュースが出てました。

久野

はい。同じですね。パワハラしてるという自覚がないんです。

安田

どうやってこの人たちに教えたらいいんですか?

久野

自分を認知できないと無理だと思います。指導ってなかなか難しいところがあって、多少厳しくないといけないじゃないですか。

安田

まあ厳しさも必要でしょうけど。

久野

パワハラって「よい成果につなげたい」と思ってやってるケースがほとんどなんです。

安田

そりゃそうでしょう。でなかったらただのイジメです。

久野

成果を出す方法が「詰めることではない」ってことを、どこかのタイミングで学ばないといけない。

安田

厳しさがなくても指導はできると。

久野

いや、厳しさがないといけないんですけど。そこに愛情がないとただ厳しいだけになっちゃうので。

安田

でもこの人は愛情にあふれてたらしいですよ。

久野

そこが伝わってないからこうなるわけで。そもそも殴ったりしたら「アウトだ」ってことを認識しなきゃいけない。

安田

たとえば大坂なおみさんのようなプロテニス選手は、自分でお金を出してコーチを雇ってるじゃないですか。

久野

はい。

安田

大坂さんのコーチも厳しさはあると思うんです。甘いことばっかり言ってたらコーチとしての役割が果たせないわけで。

久野

ですね。

安田

だけど、お金を払ってるのは選手なわけで。嫌だったらコーチは切られちゃう。そういう関係性がすごく理想的な気がするんですけど。

久野

たとえばヨーロッパは民間クラブがものすごく多くて。「このクラブでいいのか?」ってことを親がちゃんと見極めてる。

安田

それがあるべき姿です。

久野

だからパワハラを起こすような監督は置いとけない。

安田

学校だとそうはいかないですもんね。

久野

そうなんですよ。小学校とか中学校の場合は、野球部が嫌でもずっと居つづけなきゃいけない。

安田

ただ今回は大人の話です。オリンピック選手ですよ。

久野

日本の選手協会ってものすごく古い組織なんですよ。そこから抜け出せないし「その人の言うことを聞かないと絶対うまくいかない」という環境をつくり出しちゃう。

安田

そこに問題があるって、みんな認識してるはずなのに。「こういうタイプの人は指導者にしちゃいけない」って、わかってるはず。

久野

日本社会では「選手として結果を出した人」が上にあがっていくんですよ。会社でもトップ営業マンが総じて上に行くじゃないですか。

安田

たしかに。元トップセールスの社長も多いです。

久野

それがいちばんの問題です。

安田

今回パワハラをした指導者も空手8段だったそうです。

久野

「過去に何人有名な選手を育てた」とか。それが組織における政治力に直結してる。

安田

なるほど。これはスポーツに限った話じゃないですね。

久野

日本のあらゆる組織で起こってる問題です。ものすごく闇が深いんです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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