第124回 ミスと不正の境目

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第124回「ミスと不正の境目」


安田

西武ホールディングスが給付金の不正受給をしたそうで。

久野

そうみたいですね。

安田

これって「平均月給の何割」みたいな計算でしたっけ?休ませた場合は。

久野

前年の労働保険料から直近の労働保険料までを計算して、会社の数字を決めます。

安田

難しそうですね。

久野

ちょっと複雑なんです。普通の人が読んだら絶対分からないと思う。何が論点かっていうと「従業員に100%補償したら、補償も会社が算定した額の100%」なんですね。

安田

従業員の給料は100%払うってことですか?

久野

100%払う。そしたら「その100%を会社に戻してあげるよ」という制度。

安田

国が肩代わりするから「100%払ってあげなさい」ってことですよね。

久野

ほぼその解釈でいいと思います。

安田

だけど西武ホールディングスさんは、社員に払わず自分たちの利益にしてたと。

久野

そこは若干違いまして。基本的に社員には「平均賃金と基本給のどっちか高い方」を払うわけです。

安田

確かタクシー会社ですよね。問題になっていたのは。

久野

はい。雇用調整助成金の書類は「支払った金額」に応じて数字を書かなくちゃいけないんです。

安田

そりゃそうでしょうね。

久野

たとえば60と書かなきゃいけないところを100って書くと、国から満額お金をもらえる。

安田

それはやってもいいことなんですか?

久野

いえ、絶対にやっちゃいけないところです。

安田

そりゃそうですよね。

久野

はい。そこに100って書いてしまった。

安田

つまり社員には100払ってなかったけど、払っている風に書いちゃったと。

久野

そうです。

安田

別に払わなくてもいいんでしょ?100は。

久野

払わなくてもいいです。ただ100払わないんだったら、払った割合を書かなきゃいけない。社員に払ったのが60なら60って書かなきゃいけない。

安田

その場合は国から60しか出ないんですか。

久野

そうです。国から60しか出ない。

安田

それが普通ですよ。儲けてどうするんだって。

久野

だけど西武さんは社員に60しか払ってないのに、100と書いちゃった。

安田

その差額を「利益計上してた」って書いてましたけど。

久野

はい。

安田

わけがわからないんですけど。そんなことしたら絶対にバレますよね。堂々と利益計上するってどういうことですか。

久野

助成金自体はもう隠しようがないと思うんです。法人の口座に直で入ってきますので。

安田

だったらもっと早く指摘すればいいのに。

久野

労働局もちょっとチェックが甘いと思う。

安田

つまり企業側に悪意はなかったと。

久野

おそらく入ってきた金額を普通に利益計上しただけ。で結果として新聞報道されて問題になった。

安田

西武さんとしたら自分の腹が痛むわけじゃないですよね。全額払ったとしても。

久野

はい。

安田

なぜ全額払わなかったんでしょう。社員のモチベーションも上がると思うんですけど。

久野

本来は社員に100払って、国から100補填してもらうのがベストですよね。

安田

そうですよ。なぜ払わなかったのか。

久野

おそらく基本給が、毎月支払われている金額よりもだいぶ少ないんですよ。

安田

それは歩合制だから?

久野

タクシー会社は歩合が多いんです。毎月40万払われてるけど基本給は20万とか。で20万円払ったので基本給の100%だから100って書いちゃった。

安田

だけど受給してたのは基本給の100%じゃなく、支払い額の100%だったと。

久野

算出額の100%をもらえる制度なので。

安田

ややこしい。

久野

非常に複雑なんですけど。まず会社としての金額を決めるんですね。過去の実績から。

安田

その実績に満たない社員もいるわけですよね?

久野

いるでしょうね。

安田

すると会社に差額が残っちゃいますよね。

久野

残っちゃうんです。

安田

残ってしまうのは違法じゃないんですか?

久野

残ってしまうのは違法じゃない。

安田

そういう場合はどうしたらいいんですか。返さないといけない?

久野

いや。制度上、返すのは不可能だと思います。

安田

じゃあ利益になるじゃないですか。

久野

そうです。ただ今回のケースでいくと差額が大きすぎる。

安田

大きすぎたら駄目なんですか?

久野

これが難しいところなんですよ。たとえば支給額の中には通勤手当とかも入ってたりしますよね。

安田

はい。

久野

23万払ってる中にたとえば1万の通勤手当が入ってる。会社に来てないわけですから交通費を支給する必要はない。

安田

そりゃそうですね。

久野

こういう場合はいいんですよ。22万円の支給で。基本給は全額払ってますから100%って書いてもいい。

安田

差額が出てもいいと。

久野

ちょっと差額が出るのはいい。だけど西武さんの場合は恐らく、歩合給の割合がすごい高いんですよ。だから基本給との差額がめちゃくちゃ大きい。

安田

つまり、国には平均支給額で助成金を請求したけど、支払ったのは基本給の部分だけだったと。

久野

そういうことですね。

安田

その差額をだまし取ったということですか。それとも差額が出るのは仕方がないことなんですか。

久野

差額が出るのは不自然なことではないんです。ただ書類の書き方に、もしかして意図があるとすると、今回まずかったんじゃないかなっていう事案です。

安田

わざとやってたかもしれないと。

久野

わざとやってたらすごい不正なんですけど。普通は労働局に確認しつつ「これでいいですか」って確認しながら進めてるので。

安田

プロから見たらどっちなんですか?意図的にやったのか。それともうっかりやっちゃったのか。

久野

普通に考えたら、このクラスの会社はやらないと思います。だって、すぐに分かりますもん。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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