第130回 安定か収入かを選ぶ時代

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第130回「安定か収入かを選ぶ時代」


安田

雇わない経営の相談が増えてきました。

久野

はい。私もすごく増えてます。

安田

多いのは「雇わない決意はしたけど、今いる社員はどうしたらいいんだ」っていう悩み。

久野

そこですよね。

安田

久野さんはどういう提案をしてるんですか。

久野

私は一国二制度的なものをやった方がいいと思ってます。

安田

正社員と業務委託の二制度ってことですね。

久野

そう。それを社員に選んでもらう。

安田

選んでもらうという部分がポイントですか。

久野

間違い無いです。説得するのは絶対にやめた方がいい。

安田

こちらから頼んで「雇用形態を変えてもらう」というのは難しいですよね。

久野

雇用を求めてる人に「業務委託になりませんか」って説得するのは無理。

安田

実感がこもってますね。

久野

はい(笑)この1年間でいろいろ失敗して学びました。

安田

社員だったらこう、業務委託だったらこう、っていう選択肢を示すしかないと。

久野

あくまで選ぶのは社員ですから。

安田

早期退職でも、どんなに説得しても、辞めてほしい人が辞めなかったりしますよね。

久野

魅力ある世界をつくるしかないですよ。

安田

業務委託になったら「こんなに魅力的だよ」っていう。

久野

そう。それを先につくって、結果的に移動したい人が増えていく。それが正しい順番ですね。

安田

業務委託で有名なタニタさんも希望者を募るそうです。

久野

それしかないと思います。

安田

「正社員でやっていく道もあるけど、業務委託でやっていく道もあるよ」と。

久野

はい。

安田

業務委託になると「時間の縛り」がなくなるのは魅力的ですよね。

久野

はい。だけどそれだけじゃ足りないです。

安田

時間的に自由になると同時に「稼げる」ってことも大事。

久野

そこが重要です。

安田

同じ労働時間で社員の1.5倍稼げるとか。もしくは同じ稼ぎだったら、働いてる時間が半分になるとか。

久野

やっぱりコスパが重要ですよ。時間とお金のバランス。

安田

それを実現しないと業務委託は増えないでしょうね。

久野

私は社労士だから分かるんですけど。日本の雇用の手厚さって半端ないんですよ。同じような条件だったら、雇用でちょこっと副業した方がぜんぜんいい。

安田

雇用システムが日本の発展を支えてきたのは事実です。だけどここに来てそれがマイナス要因にもなってます。

久野

はい。安定志向が強くなりすぎました。

安田

「自立して頑張ろう」って人を、もっと増やさないといけない。

久野

これまでみたいに給料を増やし続けるのはもう無理なので。

安田

会社にもそんな余裕はないですよ。

久野

ないですね。

安田

なぜこんなに余裕がなくなっちゃったんですか。

久野

やっぱり労働法の問題は大きいです。

安田

赤字の人でも解雇できないし。給料を払いながら育てないといけないし。

久野

できない社員にも仕事を与えないといけないシステムだから。

安田

良く言えば「みんなで支え合う」システムですよね。アメリカみたいな自立型とは違って。

久野

はい。だけど「みんなで支える型」は給料を下げざるを得ない。

安田

みんなでマイナスを分担するわけですからね。

久野

そうなります。

安田

育った人が辞めてしまうとか。すごいマイナスですもんね。

久野

たとえばフリーの美容師さんも、最初は雇用されて修行を積んでるわけです。育った頃に独立されると全く儲からない。

安田

育成費用が全部赤字になっちゃう。それを残った人たちで分担するしかない。

久野

そういう美容室のことを、皮肉も込めて「教育型美容室」と呼ぶらしくて。

安田

要は儲からない美容室ってことですか。

久野

育成型の美容室は給与をめちゃくちゃ安くしないと成り立たない。

安田

で、待遇が悪いから辞めてしまう。その繰り返しですね。

久野

育成型でいくのであれば安くするしかない。高く払うなら全員を業務委託の面貸しにするしかない。

安田

今から会社をつくるなら「雇わない経営」でいいと思うんですけど。すでに雇ってる場合は難しいです。

久野

日本の法律では無理に移行できないので。さっきも言いましたけど、一国二制度にして社員に選んでもらうしかない。

安田

どっちを選びますかね?

久野

やってみないと分からないですけど。100:0にはならないと思います。

安田

「面貸し的に働いてる人」と「社員として働いてる人」が混在する組織になると。

久野

そうなります。

安田

その割合も会社によって違うんでしょうね。

久野

はい。社員:業務委託が8:2の会社もあれば2:8の会社もある。

安田

美容師はわかりやすいですけど、他の仕事はどうですか?

久野

同じだと思います。面接業務だけを請け負う業務委託とか。ウェブ集客だけを請け負う業務委託とか。

安田

「この仕事の場所だけ貸してあげるよ」みたいな。

久野

はい。

安田

業務委託の人はリスクを背負うことになりますね。

久野

もちろん。雇用のような保障はなくなるわけですから。スキルアップし続けないと仕事がなくなるかもしれない。

安田

リスクを負った分収入が増えないと、誰もやりたがらないです。

久野

スキルが高い人はどんどん収入が増えるけど、スキルがない人は稼げない。

安田

そこを標準化したのが正社員ってことですよね。スキルがあってもなくても、そこそこの報酬で。

久野

そうならざるを得ないでしょうね。新人の教育費を給与から天引きするわけにいかないから。その分みんなの給与を下げることになる。

安田

正社員は30代半ばぐらいで給料が頭打ちになる気がします。

久野

そうなると思います。これまでのような右肩上がりは不可能ですから。

安田

雇用が保障される代わりに給料が増えないチームと、保障がない代わりにスキルさえあれば上限なく稼げるチームと。二極化していく。

久野

どちらのチームに行くかを、一人ひとりが選ぶ時代になるでしょうね。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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