第167回 大卒初任給の壁

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第167回「大卒初任給の壁」


安田

日本はずっと初任給が上がってないですけど、他の国はどうなんですか?

久野

中国はものすごく上がってます。

安田

ですよね。欧米の先進国はどうですか?

久野

欧米のようなジョブ型はもともと初任給が高いです。日本とは初任給の概念が違いますから。

安田

日本もジョブ型雇用する大手が増えてきましたね。

久野

どんどんそっちに移行すると思います。

安田

ジョブ型だと初任給が増えるんですか。

久野

たとえばLINEは初任給1000万で募集してます。

安田

なんと!

久野

でもほとんどの会社はずっと横並びです。

安田

ずっと初任給20万前後って感じ。

久野

日本商業開発というエネルギー系のメーカーは初任給50万です。

安田

それは全員一律で?

久野

そうです。ただ仕事は大変なんだろうって感じますね。ここまで振り切ると。

安田

確かに。

久野

北の達人コーポレーションも38万ですね。食品関係ですけど。

安田

そんなに払って大丈夫なんでしょうか。上がっていく一方なのに。

久野

上がらないかもしれないですよ。

安田

なるほど。そういうケースも出てくるんですね。

久野

間違いないのはどんどん格差がついていくこと。

安田

それはジョブ型が増えるから?

久野

はい。ソニーもジョブ型雇用を始めました。ジョブに対して給与が決まっていくと格差は大きくなります。

安田

新入社員でも差がつくってことですよね。

久野

つきます。今みたいに「とりあえず20万で雇っちゃおう」みたいなのは減っていく。

安田

なくなりはしないですか。

久野

続くと思います。ジョブ型だけに振り切るのは難しいでしょう。

安田

100%ジョブ型って難しいですよね、日本では。

久野

ほとんどの新卒は仕事の特定ができないから。はじめから高いのは無理です。

安田

仕事を特定できない新卒はパートナーシップ型が続いていくと。

久野

そうですね。パートナーシップ型がずっと継続しつつ、システム開発とか、事業の立ち上げとか、何千万も払うジョブ型が加わっていく。

安田

事業の立ち上げなんて新卒にできますか。

久野

学生時代に起業して事業をやってた人とか。ぜんぜんできちゃうでしょ。

安田

なるほど。パートナーシップ型はこれから先も初任給は増えないですか。

久野

解雇できないので。定年まで考えると億単位の買い物ですから。仮に10年いたとしても安い買い物ではないですもんね。

安田

年収300万だとしても3000万ですよね。

久野

しかもゼロから教えなきゃいけないですから。教えて、社会保険料も払って。それでも途中で辞められるし。

安田

これからも初任給はずっと20万円前後だと。

久野

びっくりしますよね。私が大学卒業して18年経ちますけど、当時の初任給が21万円でしたから。

安田

この20年ほとんど上がってないです。

久野

へたすると20万切る会社もあるじゃないですか。

安田

ありますね。

久野

ただ円安で物価も高くなってるので。もうこの給与じゃ生活できないですよ。

安田

若者はお金よりプライベートという感じですけど。

久野

そこも変わっていくでしょうね。働きやすさより金銭的なところに戻っていく。だって生活できないんですから。

安田

企業は増やしますか?初任給。

久野

もう上げざるを得ないんじゃないですか。ちゃんとした人を採用しようと思うなら。

安田

久野さんが新卒の頃は20万あれば余裕で生活できましたか。

久野

いえ、当時でも結構厳しかったです。若い頃はすぐいろんなものに使っちゃうし。

安田

地方だったら20万円あればやっていけそうですけど。

久野

そんなことないですよ、安田さん。

安田

ファストフードもアパレルも、どこに行っても安く手に入るじゃないですか。

久野

60円ハンバーガーとかもうないですから。外食したら結構な金額いくんですよ。

安田

若者はあまり外食しないんですかね。

久野

家でも娯楽が楽しめるようになったので。お金を使わなくても生活できるってのはある。ただ足りてるかといったら足りてない。

安田

税金や社会保険料も上がりましたしね。消費税も上がったし。

久野

可処分所得はめちゃくちゃ減ってます。

安田

なおかつ物価も上がっていくとなると、さすがに横ばいじゃ無理ってことですね。

久野

無理ですよ。もう我慢の限界だと思う。

安田

初任給を上げられない会社は人が採れなくなる?

久野

そうです。ただ新卒を上げると2年目、3年目も、更に言うと、30代、40代、50代まで上げざるを得ない。だから大変なんです。

安田

全員上げるってことですもんね。

久野

はい。この変化に耐えられる会社しか残れないと思います。逆にそこを頑張れば一気に人が集まってくる。

安田

そりゃそうでしょうけど。日本は同調圧力が強いですから上げにくいですよ。

久野

上げる会社は出てくると思う。これだけ物価が上がってるので上げざるを得ないし。

安田

たとえばどの会社ですか?トヨタとか。

久野

それこそ新浪さんとか。「物価上昇に合わせて給与も上げるぞ」って言ってる。

安田

今の日本で安心して新卒が働ける初任給って、いくらぐらいが妥当なんですか。

久野

25万ぐらいじゃないですかね。

安田

それは世界的に見たらどうなんですか。

久野

中国はどんどん上がってきてますけど、まだ17、18万。アメリカも初任給が増えていく文化ではないので。

安田

じゃあ25万円になれば、結構いい感じになりますね。

久野

最初だけですね。アメリカは仕事ができない人には絶対にお金を払わないけど、その分キャリアが付いたら上がっていきます。

安田

日本はそんなに上がらないですもんね。

久野

年に1万円も上がらないじゃないですか。

安田

あっという間に抜かれますね。

久野

はい。アメリカの初任給は修行期間みたいなもので、修行が終わって次の会社行ったときにぼんと上がる。だからそこは我慢できるんですよ。

安田

マイナーリーガーみたいなものですね。メジャーに上がると天文学的に増える。

久野

日本だったら2軍もそこそこもらってるじゃないですか。

安田

確かに。でもそれが日本の良さとも言えませんか。

久野

日本の良さではあると思う。けどやっぱりそれでは勝てないですよ。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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