第179回 法律は曖昧のバランスが大事

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第179回「法律は曖昧のバランスが大事」


安田

着替えや朝礼は労働時間なのかってことなんですけど。

久野

朝礼は間違いなく労働時間だと思います。

安田

制服に着替える時間とか、後片付けの時間はどうですか?朝早く来てみんなで掃除するとか。

久野

強制的に掃除をさせたら労働時間になります。

安田

全社統一じゃなく、チーム長が「うちは朝会やるぞ」って集めても、これは労働時間になるんですか。

久野

まさに労働時間です。

安田

そうなんですね。後片付けはどうですか。

久野

後片付けも労働時間でしょうね。

安田

じゃあ机の上がめっちゃ汚い人に「お前片付けとけ」とか言うと、お金がかかるわけですね。

久野

それはちょっと極端ですけど(笑)「どういう状態がゴールか」という設定があって、そこまでの時間を含めてが労働時間ということです。

安田

公務員さんは終業時間の15分ぐらい前に片付け始めて、5時の鐘がなる頃には机の上がきれいになってる、という笑い話があります。

久野

で、鐘が鳴った瞬間に帰るみたいな。

安田

そうそう。「これだから公務員は駄目なんだ」って言われてたんですけど。今は民間企業でもそれが当たり前ってことですか。

久野

いや、民間企業それをやったら殴られるんじゃないですか(笑)

安田

だけど後片付けも労働時間に入るわけでしょ。残業させないようにしようと思ったら、早めに後片付けしないと5時に帰れないですよ。

久野

もちろん1分、2分は残業してると思います。だけど10分、20分は残業してない、というのが一般的な常識ですね。

安田

でも今は分単位ですよね?残業って。

久野

確かに分単位ですけど。たとえば1日10分の残業っていうのは、すごくありがたい会社なんですよ。

安田

ありがたい?

久野

労働者の一般的な感覚として、「残業あるの?」って聞かれたら、その人は「ない」と答えると思います。

安田

たとえ「ない」と本人が答えても、残業代は支払われているわけですよね。

久野

そうです。

安田

問題はそこですよ。5分や10分の後片付けに対して、会社は残業代を払わなくちゃいけないのかどうか。制服の着替えはやっぱり労働時間なんですか。

久野

三菱造船事件というのがありまして。「着替える時間が労働時間か」みたいな案件なんですけど。

安田

そんな事件があったんですね。

久野

いくつかありまして。「労働時間です」という判例もあれば、「労働時間じゃない」という判例もあって。

安田

両方あると困りますね。

久野

裁判例というのは、個々で事案が違い過ぎて難しいんですよ。たとえば明らかにその服を着ないと成り立たない会社ってあるじゃないですか。

安田

制服が決まってるってことですよね。

久野

そう。たとえば潜水服を着なきゃいけないとか。

安田

潜水服?

久野

たとえばですけど。仕事で潜水服や水中眼鏡をつけなくちゃいけない。こういう場合は明らかに労働時間の一部だと思います。

安田

事務職の制服とかはどうですか?

久野

事務職に相応しい服に着替えるとかは、労働時間には入らないですね。

安田

「最初からふさわしい服を着てくりゃいいじゃないか」ってことでしょうか。ジョギングしながら出社して会社で着替えるみたいなのは駄目ってことですよね。

久野

それは労働時間には入らないです。

安田

そこは理解できます。問題は決まった制服とかがある場合。その場合は絶対に私服から着替えないといけないですよね。それは労働時間に入るんですか。

久野

おそらく労働時間じゃないと思います。

安田

労働時間じゃない!でも、それって会社の業務命令じゃないですか。「これに着替えなさい」っていう。朝礼と何が違うのか分かりません。

久野

本当は労働時間にした方がいいとは思うんですけど。そうなってないでしょうね。

安田

どう切り分けたらいいんですか。久野さんの話を聞いてると、会社が業務として指揮命令してたら全て労働時間になりそうですけど。

久野

「労働時間にすべきかどうか」っていう観点でいくと、労働時間にすべきだと思います。ただ実際に裁判をやったら負ける可能性は十分あるということ。

安田

なるほど。「そこも残業です」という会社の方が今の時代には合っていると。だけど裁判の結果はやってみないと分からない。

久野

そうですね。確かに着替えるのは面倒なんですけど、別に1時間、2時間かかる話じゃなくて、2分、3分の話なので。

安田

友達と井戸端会議をやりながら着替えてるイメージが浮かぶんですけど。5分で終わるところが15分かかるみたいな。

久野

そうですよね。かなり自由な時間で、会社から激しく拘束されてるわけでもないので。だから労働時間には認定されにくいんですよ。

安田

そもそも、そんなに時間がかかるもんじゃないだろってことですね。

久野

議論にすらならないと思います。払えるなら払っておいた方がいいってこと。

安田

払っておいた方が「いい会社」に見える。

久野

会社の側にも言いたいことはあって。たとえばメールの文面を考えてますよと。これ、労働時間内だから働いてることになるんですけど、すごく曖昧なんですよ。

安田

本当に考えてるかどうかなんて、分からないですもんね。

久野

そう。「考えてる=働いてない」という図式が工場法にはありまして。実務をしてない時間は働いてないことになるんです。

安田

工場ではそうなりますよね。組み立てラインの前で何もせず「会社のことを考えてました」とか言われても。

久野

日曜日にメール1本打つのに「6時間考えました」とか言われても。労働時間としてはメールを入力してる時間しか認められない。

安田

だけど会社に来たら、その考えてる時間も労働時間になっちゃうと。

久野

なってしまうんです。厳密に言ったら本当はならないんですけど。

安田

そりゃそうですよね。

久野

払わないって言われても仕方ないところはあります。

安田

法的には払わなくていいんですか?

久野

厳密に言うとですよ。実際そこまで細かいことを言い始めると、おかしな話になっちゃうので。ある程度はお互い譲歩して。

安田

労働側にも譲歩は必要だと。

久野

だって普通に考えて、労働に入る前に準備をするって、当たり前じゃないですか。通勤だって会社の命令ですけど、そこには給料を払わなくていいってことになってる。

安田

通勤時間は給料を払わなくていいんですか。それは決定?

久野

これは決定です。

安田

そうなんですね。トイレやたばこの時間はどうなんですか。

久野

正確には労働時間じゃないですね。

安田

細かいことを言い出したらそこも問題になりますよね。

久野

そうなんですよ。労働側がそこまで言うなら、トイレに行ってる時間だけ給与切るって話も出てくるかもしれない。

安田

信頼関係で成り立っているので、「これも労働時間だろう」なんて言い出したら、お互いが働きにくくなると。

久野

そういう絶妙なバランスをとっていくのが、そもそも法律の役割なんです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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