第182回 スキルが先か仕組みが先か

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第182回「スキルが先か仕組みが先か」


安田

「勤め先に期待しない割合」が日本は世界最悪だそうで。

久野

絶望ですよね。

安田

そもそも国際競争力が下がっている上に、企業と社員のエンゲージメントも世界最低水準。

久野

そうなんですよ。

安田

会社には期待していない。だけど起業も転職も考えていない。これはどういう意味なんでしょう。

久野

惰性で働いてるんじゃないですか。

安田

この会社で働くのは嫌だけど、仕方ないから働いてると。

久野

アンケートを見る限りそんな感じですね。

安田

もう末期的ですね。

久野

働き方改革って「短い時間で一生懸命働くこと」が前提なんです。短い時間でいやいや働かれても何も解決しません。

安田

他のアジア諸国は、日本よりはるかにエンゲージメントが高いです。海外企業はドライに見えますけど、日本より関係性はいいってことですよね。

久野

そうですね。

安田

日本は解雇もできないし、生涯保障して守ってあげて、それでこれだけロイヤリティーが低いって。やってられない気がするんですけど。

久野

やっぱり会社が伸びてなくて、給与が増えてないっていう、この2点に尽きると思う。もう給与が増えないことをみんな分かってるんですよ。

安田

だって原資がないですからね。

久野

アジアの諸外国はちゃんと物価と連動して賃金が上がっていく。会社の楽しさって仕事が全てではないので。

安田

そりゃそうですよね。

久野

やっぱり暮らしが良くなっていく実感がないと。そういったものを含めて「仕事が楽しい」と感じられる。ポストが空いてくるわけでもないし、給与も増えないし。

安田

でも終身雇用や年功序列が完全になくなったわけじゃないから。給料は増えてるんじゃないですか、ちょっとずつでも。

久野

ちょっとずつは増えてます。

安田

ちょっとでは話にならないってことですか。

久野

年3%とか5%とか増えてるわけじゃないので。数千円程度増えても、それ以上に物価も社会保険料も上がっていくので。可処分所得は増えない。

安田

アジア諸国は人口も増えてるし、平均年齢も若いし、構造的な違いが大きいじゃないですか。日本でもやろうと思えば何とかなるんですか。

久野

だって世界の人口は増えてますから。中小企業の売上ってGDPと連動してるわけでもないし。海外に物を売ることだってできます。

安田

何をやってもいいわけですからね。

久野

そうです。稼ぐコンテンツって無限に増えてますから。YouTubeで稼ぐ人も出てきたり。

安田

個人だったらイメージできるんですけど。商品をつくってYouTubeで売るとか。でも企業が社員を雇って給料を増やし続けるって、すごく難しい気がします。

久野

同じ分野でずーっと同じことをやってたら、厳しいと思います。発想を変えないと。

安田

人口が減っている上に、スキルでも差がなくなって、その上やる気もなくなったら三重苦ですね。

久野

スキルというのは、主要な先進的業務に対応するスキルだと思うんですけど。

安田

はい。

久野

会社や事業自体が新しくなっていかないと、そこは絶対に伸びていかないです。

安田

旧態依然としたビジネスでも食えてたりしますんでね、国内にいると。

久野

そうなんです。古い企業が本当の意味で淘汰されないと、なかなか厳しいです。

安田

ソリューションとしては、「企業が人材に投資するしかない」って書いてあるんですけど。育ててもすぐに辞めちゃったりするじゃないですか。

久野

そうですね。

安田

「今の会社は辞めたい」と言ってる人がこれだけ多い中で、人を育てたり、社員の給料増やすのって、バカバカしくなってきますよ。

久野

ホントそうなんです。

安田

久野さんも「自分で努力してスキルアップしろ」って、言ってますよね。それが普通だと思うんですけど。会社がやるべきことなんですか。

久野

前はそうだったと思うんです。だけど働き方改革に入ってからは、そういう時代じゃなくなった。

安田

もはや会社の責任ではないと。

久野

今は従業員にスキルを付けさせるところまで、会社は義務を負ってないと思います。

安田

スキルの高い人に対して、ちゃんと給料を払っていれば、会社は義務を果たしてる?

久野

そうです。あと経営者がやるべきは、そこそこの人を使っても利益が出るビジネスモデルを考えること。これだけ人が辞めるんだから。

安田

それだと社員の給料は増やせなくないですか。誰がやっても儲かるならたくさん払う必要がないじゃないですか。

久野

そこで頑張った人が「ちゃんと稼げる」ってことが大事です。

安田

全員の収入を増やすってことですか。

久野

全員は無理だと思いますね。今のマインドだと。そこそこ頑張った人が「ちゃんと稼げる」ということがベース。

安田

ちゃんと稼げるというのは、いくらぐらいのイメージですか。

久野

未経験でも手取りで25万円以上もらえる日本人が6割ぐらいいるイメージ。

安田

今とあまり変わらない気がしますけど。

久野

そこまで稼げない人もたくさんいますから。

安田

ちゃんと真面目に頑張れば未経験者でも25万以上は約束される。それでも儲かる仕組み考えようってことですね。

久野

そうです。

安田

とは言え社員もスキルアップして自分で収入を増やさないと。どこかで破綻しませんか。

久野

そうなるのが理想ではあります。

安田

なりませんか。

久野

今の仕組みでは難しいでしょうね。もっと人材の流動化を進めないと。

安田

できる人はどんどん転職して給料が上がっていって、できない人はどんどん下がっていく流れですね。

久野

そう思います。

安田

そうなる可能性はありますか。

久野

ないでしょう。かなり反対勢力がいますので。解雇規制の話にもなりますし。日本の労働市場ってすごくアンバランスなんですよ。

安田

自分の意思でどんどん転職して、キャリアアップしていけばいいだけじゃないですか。

久野

現実はそうなってませんからね。

安田

なぜそうならないんですか。

久野

まず企業が「高い給料で人を採る」ってことをやらないと。

安田

やってるんじゃないですか。

久野

今は逆になってます。とにかく安い人件費でたくさん採ってくる感じ。とくに中小企業はその流れですね。

安田

まずは高い報酬で採用しろと。

久野

まず中小企業は儲かる仕組みを作らないと。労働集約型のままスキルが高い人を採用しても使いこなせないです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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