さよなら採用ビジネス 第59回「部分最適の間違った答え」

この記事について

7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。

前回は 第58回『大企業革命が起こる日』

 第59回「部分最適の間違った答え」 


安田

リクルートのあれ何だったんでしょうね、内定辞退の・・・

石塚

内定辞退率予想ですね。

安田

「この人の内定辞退率はこのぐらい」っていうのを出しちゃったってことですか?

石塚

「あなたの会社は学生からこれぐらい辞退されちゃいます」というデータを、リクルートキャリアが売ったということですね。

安田

「有名な大企業も買ってた」ってニュースになってます。

石塚

そうですね。要するにデータを買ってたと。それも限定販売みたいな感じで。

安田

大手限定だったんですか?

石塚

たぶん先行して大手企業に「こういうものをつくってみたんですけど、買います?」「買う、買う」みたいなのが実態かなと思います。

安田

でも、いくらで売ったか知りませんけど、大した儲けにはならないですよね。

石塚

商品化する前のパイロットでしょうから。

安田

じゃあ、いずれは全企業に販売する予定だったと?

石塚

そうでしょうね。

安田

売れますか?

石塚

「某大手有名自動車メーカーが導入してますよ」って言ったら「じゃあ、うちも買います」みたいになりますね。

安田

仮に売れたとして、そんなに大きな売り上げになりますか?

石塚

リクルート全体から見たら微々たるものでしょうね。

安田

ですよね。ちょっと不思議なんですけど。

石塚

何がですか?

安田

いま求人サイトって、求職者を集めるほうが大変な時代じゃないですか。

石塚

ですね。

安田

なのにナビ使ってる人の実態をバラしちゃうとか。あんなことしたら信用落とすし、揉めるに決まってるじゃないですか。

石塚

「部分最適の会社が出した、間違った答え」ってことですね。

安田

部分最適?

石塚

つまりリクルートって、もう我々の頃と違う会社になってるんですよ。

安田

どう違うんですか?

石塚

いまのリクルートはデータサイエンスの会社だと思います。

安田

つまりどういう会社なんですか?

石塚

我々の頃って営業主体の会社だったでしょ。

安田

はい。営業マンだらけでした。

石塚

今は、主戦力が営業マンじゃなくITエンジニアなんですよ。

安田

理系採用が増えてるらしいですけど。

石塚

ITエンジニアってロジックと部分最適の塊だから「こういうものをデータ化して、こういう商品にしたら売れるんじゃないか」「うん、たしかに売れる」っていう。

安田

「売れりゃあいい」ってもんじゃないですよ。

石塚

会議上では、それは正解なんですよ。

安田

正解なんですか?

石塚

売れる商品のアイデアを出すのは正解です。ただ、そこに俯瞰的な視野とか、あるいは幅広い教養から来る倫理観っていうのが、まったくない。

安田

普通はそういう視野を、上司が持ち合わせてるんじゃないですか?

石塚

上司にもなかったってことですね。

安田

もはや会社として、そういうものが無くなってるってことですか?

石塚

なくなってるというか・・・部分最適が優先されてるだけでしょ。

安田

全体の利益よりも?

石塚

「採用市場の構造が変わってきてる」とか「求職者にフォーカスすべきじゃないのか」みたいなことより、「得られたデータを加工して、どう商品化すれば、どれだけ売上が上がるか」という部分最適が優先される。

安田
当然その部署にも上司がいるわけでしょ?
石塚

いるでしょうね。

安田

その上司が所属している部があって、部が集まって会社全体になるわけですよね。

石塚

組織的にはそうです。

安田

だったら「部分的にはイエスだけど、全体的にはノーだ」って結論になりませんか?

石塚

これは僕の推測ですけど。リクルートという組織では、ラインの発言権がいちばん強いんじゃないですか。つまり、データやシステムから商品をつくる部門の発言力がほぼすべて。

安田

え!そんなことあり得るんですか?

石塚

今回のケースは、そうなっていることの証だと思います。

安田

それって、かなり危険なことですよね。

石塚

かなり危険です。戦前の陸軍みたいな感じじゃないでしょうか。

安田

戦前の陸軍?

石塚

つまり、国家の一部分である「陸軍」が暴走しても、誰も止められない状態。

安田

じゃあ社内では「これは大変な状態だぞ」ってみんな思ってるんですか?

石塚

いや、社内ではそこまで思ってないと思います。「しょうがねえじゃん」みたいな。あるいは「運が悪かったよね」ぐらい。

安田

ということは、今後も似たようなことは起こるってことですか?

石塚

起こると思います。だって、記者会見すぐにやらずに非難が集中して。ようやく会見したのが8月26日の夜ですよ。いったいどれくらい時間掛けてるんだと。

安田

そうでしたっけ。

石塚

はい。すごく危うい。リクルートの採用事業は転落につながる出来事かもしれない。

安田

利用者があの一件で一斉に離れていくとか?

石塚

そうなる可能性もあるじゃないですか。

安田

リクルートの幹部は危惧してないんですか?

石塚

そういうものが見えないんじゃないでしょうか。

安田

見えない?

石塚

実際、リクナビって、データの上ではもうマイナビに抜かれてますよね。

安田

掲載社数とか利用者数では抜かれてますね。

石塚

新卒採用事業はもう、データサイエンス事業にすり替わってるんですよ。

安田

それはどんな事業なんですか?

石塚

「求職者と企業のマッチングの場」とか、あんなの全部建前。結局はシステム部門から上がってくる商品での売上が優先される。「売れりゃいいじゃん」みたいな。

安田

マイナビさんもリクルートの後追いで、同じ方に向かいますか?

石塚

マイナビにはそれほどエンジニアがいないので。事業内容に相当隔たりがあると思いますよ。

安田

リクルートはデータサイエンス企業だけど、マイナビは営業会社だと。

石塚

言い過ぎかもしれないけど、第2次世界大戦の兵器と、いまの最新の兵器ぐらいの兵器差はあるんじゃないですか。

安田

でもリクルートが転落したら、マイナビは独り勝ちするんじゃないですか。

石塚

いや、僕はそうはならないと思います。採用市場自体が、景気の急降下とか、外的なランダムショックによって、ある日いっぺんに流れが変わる気がします。

安田

ナビ自体が使われなくなる時代が来るってことですか?

石塚

学生も離れて、利用企業も減れば新卒マーケット自体がヒューッと収束して小さくなってしまう。

安田

でも、利用企業は増え続けてますよ。

石塚

それはかつての不動産バブルみたいなもの。バブルが弾けて掲載企業が100分の1になったときに、どう維持するんだっていう。

安田

弾ける可能性があると。

石塚

十二分にあると思います。


石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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