第139回「バルミューダが目指す世界」

この記事について

2011年に採用ビジネスやめた安田佳生と、2018年に採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。

前回は 第138回「攻める前にやることがある」

 第139回「バルミューダが目指す世界」 


安田

バルミューダの社長が「これからガンガン採用する」って言ってます。

石塚

ちょっと違います。正確にいうと「事業が忙しい割に社員が少なすぎた。これからは、ちょっとそれを改善します」ってこと。

安田

なるほど。そういうニュアンスですか。

石塚

普通の会社だったら「130%ぐらいに増やします」って言うところなんですけど。バルミューダの寺尾社長は「1割ぐらい増やします」って感じ。

安田

ガンガンどころか逆に少ない?

石塚

ワッと増員をしない。こんなに忙しいのに社員数を1割しか増やさない。

安田

業績がいいのに「そんなちょっとしか増やさないの」って感じですね。

石塚

そこが凄いんですよ。

安田

へえ。

石塚

普通はバーンといくじゃないですか。バルミューダの業績だったら。

安田

もう従業員数と同じぐらいとっちゃいそうですけど。

石塚

そうそう。そういうのを我々もかつて煽ってきたし。それこそが戦略だって言ってきたけど。

安田

もうそれは古いと。

石塚

しかもバルミューダは「人件費を1割増やします」と言ってるだけ。必ずしも「採用を1割増やす」という話ではない。

安田

なんと!

石塚

がんばってくれてる社員の人件費をあげる。つまり単純増員をしない。そこがすごいなと思う。

安田

人件費はちょっと増やすけど、単純増員はしないと。

石塚

しない。

安田

そこがすごいと。

石塚

それでいて「利益を5%増やす」と言ってるんですよ。

安田

なるほど。

石塚

人件費を1割増加させて、利益を5%増やそうと思っている。こういう経営者にはほとんど会ったことがないです。

安田

普通の経営者はどう考えるんですか?

石塚

「事業好調につき積極採用します。新卒も第二新卒も増やして、社員を1.5倍ぐらいにしたい」で「売上を倍にします」とか「3倍いけます」みたいな話になる。

安田

普通はそうなりますよね。今が攻め時だぞ!って。

石塚

だけど寺尾社長は「単純増員したって売上や利益が増えない」ってことがわかってる。人件費と利益率の関係をきちんと答えられる経営者って、ほとんどいないです。

安田

凄い人なんですね。

石塚

もともとミュージシャンなんですよ。寺尾社長は。

安田

その影響もあると。

石塚

あるでしょうね。バルミューダってアーティスト企業だと僕は思ってまして。社員もみんなアーティストなんですよ。

安田

へぇ~。

石塚

アーティストってみんながみんな、なれないじゃないですか。才能の世界だから。

安田

そうですね。

石塚

バルミューダの社員になるっていうのは、いわばバンドメンバーが認めるぐらいの才能。相当なレベルじゃないとバルミューダなんて入れないってことです。

安田

採用力はあるんですか?バルミューダは。

石塚

あるでしょう。やりたいって人、いっぱいいると思います。

安田

見ようによっては「たまたま高いトースターが売れた」中小企業って感じですけど。予算も開発力もある大手に入ったほうが面白いんじゃないですか。

石塚

熱狂的なファンがいるんですよ。

安田

それは使う側のファンですよね。つくる側はまた別の話じゃないですか。

石塚

本当にものづくりが好きな人にとってはたまらないと思う。これだけの価格で売れる商品をつくるのは。

安田

なるほど。大手に入りたい人とはそもそも思考が違うってことですか。

石塚

違いますね。「大量生産、大量調達により価格を下げて、消費者利益を」とか言うけど、消費者はそもそもそれを利益とも思ってない。

安田

たしかに。

石塚

「本当に欲しいものだったら3万でも4万でも出すよ」って人がいるのを、あのトースターが証明した。

安田

そういう開発は大手ではできないんですか?

石塚

無理ですよ。「そんな小さなマーケットで、うちの工場は合わないぞ」って話になる。「理想論だけ言うな」と。

安田

なるほど。そういうところがアーティスト気質ってことですね。

石塚

そうなんです。

安田

「自分がつくりたい曲をつくる!」みたいな。

石塚

おっしゃる通り。それがまた、いまの時代受けるし。この時代のひとつの正解例だと思うんですよ、バルミューダって。

安田

言われてみれば確かにそうですね。

石塚

社員を雇う時も「うちはアーティスト企業だから。才能がないと、うちの“ザ・バルミューダ”っていうバンドには入れないよ」っていう。

安田

規模を拡大することが目的じゃないってことですね。

石塚

バルミューダを見てると、量的拡大をしようと思ってないですね。

安田

へえ。

石塚

もちろん上場企業だから一応成長路線は描くんですけど。「ウチはウチなりにやらせてもらいます。マスに受けようなんて思ってません」というメッセージがすごい。

安田

そんなことが上場企業に許されるんですか?

石塚

ニッチなエクセレントカンパニーが好きな人もいるんですよ。

安田

投資家がそんなところの株を買うんですかね。

石塚

銘柄としてバルミューダは決して悪くないです。

安田

投資家はもっと短期的な利益や株価アップを期待してると思う。

石塚

もちろん、そういう人もいっぱいいます。

安田

そっちが大多数じゃないですか。本来なら長期で株を持ちつづけて「価値ある企業」を応援するのが株主の役目だと思いますけど。

石塚

おっしゃる通り。

安田

じっさいは短期的な利益を要求する株主ばっかりで。長期的な成長戦略なんて描けないですよ。

石塚

だから上場廃止しちゃう会社が増えてきたんでしょうね。

安田

なぜバルミューダは上場したんでしょう。

石塚

ありきたりかもしれないけど「オーソライズされたい」という思いがあるんでしょうね。社会に認知されたいっていう。それがひとつの目標なんじゃないでしょうか。

安田

アーティストで言うところのメジャーデビューですもんね。企業さんにとっての上場は。

石塚

はい。メジャーデビューですよ。

安田

じゃあ「メジャーデビューはしたけど、売れれば何でもつくるわけじゃないぞ」ってことですか。

石塚

そういう信念を感じますね。

安田

「自分のつくりたい曲をつくりつづけます」っていう。

石塚

「それでちゃんと会社として成り立つ」ということを見せたいんだと思う。「パナソニックや日立とは違う、家電メーカーの新しい姿を見せますよ」って。

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石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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