2011年に採用ビジネスやめた安田佳生と、2018年に採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
第139回「バルミューダが目指す世界」
バルミューダの社長が「これからガンガン採用する」って言ってます。
ちょっと違います。正確にいうと「事業が忙しい割に社員が少なすぎた。これからは、ちょっとそれを改善します」ってこと。
なるほど。そういうニュアンスですか。
普通の会社だったら「130%ぐらいに増やします」って言うところなんですけど。バルミューダの寺尾社長は「1割ぐらい増やします」って感じ。
ガンガンどころか逆に少ない?
ワッと増員をしない。こんなに忙しいのに社員数を1割しか増やさない。
業績がいいのに「そんなちょっとしか増やさないの」って感じですね。
そこが凄いんですよ。
へえ。
普通はバーンといくじゃないですか。バルミューダの業績だったら。
もう従業員数と同じぐらいとっちゃいそうですけど。
そうそう。そういうのを我々もかつて煽ってきたし。それこそが戦略だって言ってきたけど。
もうそれは古いと。
しかもバルミューダは「人件費を1割増やします」と言ってるだけ。必ずしも「採用を1割増やす」という話ではない。
なんと!
がんばってくれてる社員の人件費をあげる。つまり単純増員をしない。そこがすごいなと思う。
人件費はちょっと増やすけど、単純増員はしないと。
しない。
そこがすごいと。
それでいて「利益を5%増やす」と言ってるんですよ。
なるほど。
人件費を1割増加させて、利益を5%増やそうと思っている。こういう経営者にはほとんど会ったことがないです。
普通の経営者はどう考えるんですか?
「事業好調につき積極採用します。新卒も第二新卒も増やして、社員を1.5倍ぐらいにしたい」で「売上を倍にします」とか「3倍いけます」みたいな話になる。
普通はそうなりますよね。今が攻め時だぞ!って。
だけど寺尾社長は「単純増員したって売上や利益が増えない」ってことがわかってる。人件費と利益率の関係をきちんと答えられる経営者って、ほとんどいないです。
凄い人なんですね。
もともとミュージシャンなんですよ。寺尾社長は。
その影響もあると。
あるでしょうね。バルミューダってアーティスト企業だと僕は思ってまして。社員もみんなアーティストなんですよ。
へぇ~。
アーティストってみんながみんな、なれないじゃないですか。才能の世界だから。
そうですね。
バルミューダの社員になるっていうのは、いわばバンドメンバーが認めるぐらいの才能。相当なレベルじゃないとバルミューダなんて入れないってことです。
採用力はあるんですか?バルミューダは。
あるでしょう。やりたいって人、いっぱいいると思います。
見ようによっては「たまたま高いトースターが売れた」中小企業って感じですけど。予算も開発力もある大手に入ったほうが面白いんじゃないですか。
熱狂的なファンがいるんですよ。
それは使う側のファンですよね。つくる側はまた別の話じゃないですか。
本当にものづくりが好きな人にとってはたまらないと思う。これだけの価格で売れる商品をつくるのは。
なるほど。大手に入りたい人とはそもそも思考が違うってことですか。
違いますね。「大量生産、大量調達により価格を下げて、消費者利益を」とか言うけど、消費者はそもそもそれを利益とも思ってない。
たしかに。
「本当に欲しいものだったら3万でも4万でも出すよ」って人がいるのを、あのトースターが証明した。
そういう開発は大手ではできないんですか?
無理ですよ。「そんな小さなマーケットで、うちの工場は合わないぞ」って話になる。「理想論だけ言うな」と。
なるほど。そういうところがアーティスト気質ってことですね。
そうなんです。
「自分がつくりたい曲をつくる!」みたいな。
おっしゃる通り。それがまた、いまの時代受けるし。この時代のひとつの正解例だと思うんですよ、バルミューダって。
言われてみれば確かにそうですね。
社員を雇う時も「うちはアーティスト企業だから。才能がないと、うちの“ザ・バルミューダ”っていうバンドには入れないよ」っていう。
規模を拡大することが目的じゃないってことですね。
バルミューダを見てると、量的拡大をしようと思ってないですね。
へえ。
もちろん上場企業だから一応成長路線は描くんですけど。「ウチはウチなりにやらせてもらいます。マスに受けようなんて思ってません」というメッセージがすごい。
そんなことが上場企業に許されるんですか?
ニッチなエクセレントカンパニーが好きな人もいるんですよ。
投資家がそんなところの株を買うんですかね。
銘柄としてバルミューダは決して悪くないです。
投資家はもっと短期的な利益や株価アップを期待してると思う。
もちろん、そういう人もいっぱいいます。
そっちが大多数じゃないですか。本来なら長期で株を持ちつづけて「価値ある企業」を応援するのが株主の役目だと思いますけど。
おっしゃる通り。
じっさいは短期的な利益を要求する株主ばっかりで。長期的な成長戦略なんて描けないですよ。
だから上場廃止しちゃう会社が増えてきたんでしょうね。
なぜバルミューダは上場したんでしょう。
ありきたりかもしれないけど「オーソライズされたい」という思いがあるんでしょうね。社会に認知されたいっていう。それがひとつの目標なんじゃないでしょうか。
アーティストで言うところのメジャーデビューですもんね。企業さんにとっての上場は。
はい。メジャーデビューですよ。
じゃあ「メジャーデビューはしたけど、売れれば何でもつくるわけじゃないぞ」ってことですか。
そういう信念を感じますね。
「自分のつくりたい曲をつくりつづけます」っていう。
「それでちゃんと会社として成り立つ」ということを見せたいんだと思う。「パナソニックや日立とは違う、家電メーカーの新しい姿を見せますよ」って。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。