薬の役割・対話の役割
私がイメージするうつ病の薬って、落ち込んだときに飲んだら元気になるイメージですけど。間違ってますか?
よく精神科の先生がたとえでおっしゃるのが、「お薬っていうのはバスタブの栓みたいなものなんだ」と。
バスタブの栓?
どんなに心理療法を入れても、「しっかりバスタブに栓をしたうえでやらないと効きづらい」と。
なるほど。ダダ漏れだと。
でも栓だけしてもよくないわけです。水を入れなきゃいけないわけですよ。
確かに。
それが、たとえば対話的な関わりだったり、心理療法的・カウンセリング的な関わりだったり。
対話がお水なんですね。
だって薬でちょっと気分が上がっても、その人の生き方がその病気を生んでいるわけだから。生き方が変わらないと治らない。また同じことが起こりますよね。
つまり薬を飲んでいるだけでは治らないってことですよね。
治らないですね。
だけど薬を飲まないと、そもそも「治そう」という気持ちにならないから「まずは栓をしよう」と、そういうことですか。
そうです。本当に眠れない時って、お薬の力を借りることも大事で。ちょっと元気になってベースの状態をつくる。カウンセリングで自分のことを人に話すって割とエネルギーを使うので。
お水を入れるのも「精神科医の仕事じゃないの」って気がするんですけど。薬だけでは治らないんですよね。
なので患者さんが減らないんじゃないんですか。
治療を続けるほど「強い薬になっていく」って、聞いたことがあるんですけど。本当でしょうか?
ケースバイケースだと思います。たとえば軽めのうつだったら、今は薬物療法より先に精神支持療法、つまりカウンセリングを進めるようにガイドラインもできてます。
そのカウンセリングを精神科医さんはやらないんですよね。
精神科医の先生も30分ぐらい話はされます。でも時間が短いし、カウンセリングとか支持療法とはぜんぜん違うものですね。
上谷さんは産業医として、社員さんのカウンセリングも受けたりするんですか?
カウンセリング枠として受けることはあります。けど短い時間のなかで、ちょっとしたカウンセリング的な関わりをする程度ですね。
本格的なカウンセリングを受けるには、個人的に申し込む必要があると。
基本的にはカウンセラーを紹介するんですけど。「ミレイ先生のカウンセリングを受けたい」って戻ってくるケースもあります。そういう場合は対応します。
「自己否定や自分を責めたりすることで健康を損なう」とおっしゃってますよね。
はい。
会社組織では評価が不可欠ですけど。マイナスポイントも突きつけないと組織が成り立たない気がするんですけど。
いま社会は大きな変化の途上にあると感じます。たとえばティール組織だったり。
なるほど。
資本主義経済の行き詰まりだったり。どこの国も資源を食いつぶす形で20世紀を駆け抜けてきたけど、地球だけじゃなく人間も持続可能な生き方ができてない。
そんな気がしますね。便利になったけど、どんどん大変になってる感じ。
SDGsって環境だけじゃなく人生の問題ですよ。持続可能な生き方なのか、ちゃんと考えていかないと。
たとえば終身雇用はどうですか。「生涯にわたって絶対クビにならない」という、まさに安心安全な状態なら人間はもっと健康でいられるんですか?
終身雇用って、雇用は守られるかもしれないけど、すごく自己犠牲を伴うじゃないですか。
「言われたことはやらないといけない」とか。
自分を殺して私生活を犠牲にして、それこそ会社に言われたら「はい」「はい」って転勤を受け入れなくちゃいけない。非人間的ですよ。家族と離れて住まわされるとか。
上司の言うことはどんなに理不尽でも逆らえないし。
「会社が雇用の面倒を見てくれるから安心安全」というのじゃなく、もっと根本的な動物としての安心が大事なんです。
> 第5回「 日本人は自己否定が強すぎる 」へ続く