地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第25回 値段が2倍になっても、3倍売れる「クロックムッシュ」の秘密
スギタベーカリーさんでは「1年に1度必ず値上げする」ことを決めていらっしゃるということですが、何度値上げをしても売れ続けている商品があるんだとか。
ああ、クロックムッシュですね。ウチの食パンを使った「再生パン」の1つです。
再生パン? それはどういうものなんですか?
食パンは定番商品なので、売り切れてしまわないよう焼き続けておく必要があるんですね。逆に言えばどうしても「売れ残り」が発生する。それを翌日にリメイクして出すんですけど、そういうものを「再生パン」と呼んでいます。
ほう、要するに調理パンの一種ってことですね。
仰るとおりです。カスタード液につけて焼けばフレンチトーストになるし、ピザソースを塗って具材をのせて焼けばピザトーストになる。クロックムッシュは、ホワイトソースを塗った上にハムとチーズを載せてサンドして、さらに上からホワイトソースとチーズを塗って焼いたものですね。
うーん、聞いているだけで美味しそうです(笑)。ちなみにクロックムッシュって聞き慣れない名前ですが、どこの国のメニューなんですか?
フランスです。もっともフランスでは「カンパーニュ」というフランスパンの一種で作るのが主流なんですけどね。
カンパーニュって、丸い形のちょっとパサッとしたパンでしたっけ?
そうですそうです。食パンほど水分量が多くないから、ちょっとパサつく食感ですね。フランスではそのパンを薄くスライスしてクロックマダムを作るんです。クロックマダムというのは、クロックムッシュに卵をのせて焼いたもので。
へぇ、ムッシュとマダムの違いは卵の有無ということなんですね。そんな人気商品のクロックムッシュですが、最初から人気だったんですか?
そうでもなかったですね。ウチの調理パン部門では、カレーパン・豚まん・明太フランスの3つが不動の人気メニューとして長く君臨していて。
え、パン屋さんで豚まん?(笑)
ええ(笑)。具材にもこだわって、イチから作っているので美味しいんですよ。ただ見た目は普通の豚まんなので、中身のこだわりがあんまり伝わらないんですけど(笑)。
あ〜そうか、「美味しい部分=中身のこだわり」が見えづらい、と。
そうなんですよ。一方のクロックムッシュは、チーズの種類を変えるだけで焼き色の付き方が大きく変わるので、見た目がどんどん美味しそうになる。しかも窯から出してすぐに半分に切ると、ホワイトソースやチーズがトロッと溢れ出てくるのがお客様にも見えるわけで…
あぁ…それを目の前で見せられたら、絶対買いたくなっちゃいますね(笑)。
ですよね(笑)。リニューアルを重ねる中でその「美味しそう感」がどんどんアップしていって、ついに調理パンの第1位を張るまでになったんです。
ふーむ、何度も値上げしているのに1位のままというのはすごいですね。ちなみにこれまでどれくらい値上げしたんです?
最初はたしか1個200円くらいで売っていたのかな。それが今は1個400円です。
2倍になっているんですね! それが1日何個売れているんですか?
多い時で60〜70個ですね。クロックムッシュがメニュー入りしたのが8年ほど前ですが、当初は20個出るか出ないかでした。それから比べれば、単純に3倍の量が売れていることになりますかね。
へぇ、すごいなぁ! その8年で食パン自体のクオリティもアップしているとは思いますが、それ以外で一番大きな変化があったのは何だったんでしょう。やっぱりチーズですか?
ははぁ、なるほど。つまり高級なチーズになったんですね。それを3種類も使うなんて、贅沢でいいですねぇ。ちなみに私、エダムチーズが大好きなんです(笑)。
美味しいですよね(笑)。ウチのクロックムッシュも、エダムの割合を増やしたことで、味が格段に良くなりました。チェダーのおかげでチーズの焼き色もすごくキレイになりましたね。
いやぁ、お話を聞いているだけでも食べたくなってしまいます(笑)。
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。