泉一也の『日本人の取扱説明書』第138回「タイタニックの国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第138回「タイタニックの国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

デービッド・アトキンソンさんという日本を愛するイギリス人がいる。オックスフォード大学で日本学を専攻。ゴールドマンサックスでは「日本経済の伝説のアナリスト」と呼ばれていた。退職後も日本経済をさらに研究し、数々の提言を続けている。経済ばかりでなく、茶道の裏千家で茶名「宗真」をもち、国宝・重要文化財の修復を手がけておられる。「日本を救う」ことが彼のライフワークのようだ。

そんなアトキンソンさんが「中小企業(従業員169人以下)の生産性を上げること」が日本を救う最大のポイントだと言われている。逆に、このままだと100万社単位で中小企業が破綻し、さらには急激な少子高齢化で年金と医療が崩壊するという危機感を持っている。私も大企業に中小企業の活性化、地域活性化を20年近く携わってきたが、ほぼ同じ感覚にある。

ちなみに生産性とは、アウトプット(産出量)÷インプット(投入量)のこと。労働生産性(厳密には付加価値労働生産性)でいうと、粗利÷労働者の人数となる。要は少ない人手でたくさんの利益が得られたら生産性が高くなり、たくさんの人数で長い時間働いても利益が少なかったら、生産性は低いことになる。

今、パッと言われて、あなたの会社の労働生産性がどのくらいか感覚的にわかるだろうか。統計データでは、大企業の生産性は平均826万円、中小企業はその50.8%しかない。約半分と大きな差があるが、ここにアトキンソンさんの問題意識がある。他国との比較で見てみよう。

アメリカの場合は中小企業の生産性は大企業の生産性の62.9%、ドイツ、イギリス、フランス、オランダ、デンマークの中小企業は大企業の生産性の78.1%。中小企業と大企業の生産性の差は日本と比べて小さい。事業は規模が大きくなると、分業、標準化、融資、投資などがしやすく生産性が上がるのが定石だが、ここに挙げた諸国では中小企業が健闘している。

今度は企業数と労働者の割合で見てみよう。日本では、企業数の割合でいうと、中小企業の数は全企業(421万社)の99.7%であり、労働者の66.8%が中小企業で働いている。

他国の労働者の割合と比較してみると、アメリカの中小企業で働く人は全体の約5割。ドイツでは約6割だが、両国とも500人以下の企業を中小企業と定義しているので、日本と同じ定義にするともっと少なくなるだろう。いや、日本が中小企業を500人以下にくくったら、日本の中小企業で働く人は8割近くなるだろう。日本は中小企業大国である。

アトキンソンさんは、日本の中小企業の大企業に対する生産性の比率50.8%をEUの平均66.4%まで上げれば、GDPは1.44倍になると試算している。これで、日本経済を救う鍵が「中小企業の生産性の向上」にあるとアトキンソンさんが確信している理由がわかっただろう。

では、どうしたらいいかである。中小企業庁や商工会が「中小企業の生産性をあげよう」と生産性アップのノウハウを大変な努力で提供してきた。しかし、お金や労力をそこにかけてもほとんどが焼け石に水。生産性は低いままである。中小企業にノウハウ提供はほとんど効果がない。研修事業を長年やってきての実感である。

その結果、中小企業はいつまでも給料が安く、長時間労働なので、魅力が失せ、若手は採用できず、さらに経営者は後継ぎがおらず、事業承継が深刻な問題となってしまった。コロナ禍で拍車がかかり、100万社単位で破綻する現実が目の前に近づいている。

「この世は弱肉強食、弱っちくなった中小企業は破綻させてしまえ!」と切り捨てると、勝ち組の大企業も衰退をする。あまりにも数が多すぎて、仕入れ先や消費者がいなくなり、銀行は相次ぐ倒産で不良債権が増えて貸し渋りが始まり、大企業も困るのだ。世界第3位のGDP経済大国日本が、タイタニックのごとく沈んでいくのが見えてきただろう。

では、どうしたらいいか。一つは業種ごとに合併をし、連合体にすればいい。さらにその連合体どうしもグループ化する。見かけ上、ホールディング経営をしている大企業のようにするのだ。例えば、消費生活協同組合(生協)のように消費者が集まって購買することで、品質が良くて安いものが買えるようになったように、連合体で生産性を上げるのだ。

ただ、中小企業を連合体にするのは、中小企業を大企業に育てるよりも至難の技だろう。なぜなら、船頭がたくさんいて、合意形成がとれないからである。過去に数々の中小企業のガンコ親父に会ってきたが、顔を思い出すと、彼らが一つの事業チームになるなんて想像ができない。遊びのゴルフ仲間が限界だろう。さらに、それぞれの企業風土も違えば、評価制度も経理システムも違う。

しかし仮に、この船頭たちを束ね、システムを統一化し、ギルドや生協のような連合体を作ることができれば、労働生産性は一気に上がるはずである。規模のメリットが使えるからだ。

今、場活仲間と「事業協同組合」という組織を作ろうとしているが、場活力の高いメンバーが集まり、オンラインで距離と壁を越え、相互に専門性を活用し合えば、この連合体はできると見ている。過去にも合併やM&Aをした会社の場活を数々行なったが、チームで行えば融合は可能である。ドラゴンボール好きにはゴジータ場活という一言でわかってもらえるだろう。

沈没する前に他国に脱出する道はあるが、私は船に残って修理し、さらには空も飛び潜水できる機能を作るなど、船をリノベーションする道を選ぶ。その方が面白いし、たとえ死んでもあの世で先人たちに褒められるからだ。

 

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著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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