スケールデメリット

旅先や出張先で、
わざわざチェーン店の飯を食おうとは思わない。
それが現在の大衆心理である。
いや、大衆心理と言いながら、
そこにいるのはもはや大衆ではない。

それぞれが、自分の好みによって店探しをする。
社会はすでに個の集まりへと移行したのである。
今どこにいるのか、何を食べたいのか、
譲れないポイントは何か。
「鹿児島・とんかつ・老舗」とスマホに入力すれば、
自分好みのお店リストが表示される。

さらに、こだわりのある人なら
「ひれかつ専門」「自家製パン粉」「純粋黒豚」
などと検索するかもしれない。
するとリストはさらに絞り込まれる。
自分だけのこだわりポイントを追加すればするほど、
自分好みのお店に近づいて行く。
それがスマホ時代のお店探しなのである。

週に3日しかやってない。
すごく不便な場所にある。
メニューがひとつしかない。
そのようなネガティブポイントが、
ある特定の人にとってのポジティブポイントに変わる。

お店の「わがまま」や「偏り」が、
個人の「わがまま」や「偏り」と一致したとき、
「私にとってのかけがえのないお店」が誕生する。
これは単に個性や付加価値といったレベルの話ではない。
お店選びの根幹、いや、生き方そのものの根幹が、
変化してしまったということである。

チェーン店のウリは「便利・安価・安心」である。
立地が良く、価格が安く、ハズレのない味。
それは、多くの人にとっての「そこそこいいお店」。
つまり最大公約数が、
チェーン店のターゲットということになる。
ここに致命的な落とし穴が誕生する。

最大公約数というマーケットが消滅していくのだ。
これは規模を追求する事業体にとっての、
恐ろしい変化である。
多くの人に受け入れられる店を作ることは、
規模を追求する事業体の最優先事項である。
だがその最優先事項によって、
ひとりひとりの顧客に選ばれない店になってしまう。

ひとりの偏った顧客に選ばれなくても、
大多数の普通の客に選ばれればいい。
それがこれまでの常識。
だがもはや、そのような普通の顧客などいないのである。
個人と個人、個人とお店が、
スマホを通して直接繋がっている。
それが現代のマーケットだ。

最大公約数というマーケットはどんどん縮小し、
最小公倍数というニッチなマーケットが無数に誕生する。
絶妙なサイズと絶妙な偏り。
それを維持することが最重要となり、
スケールメリットは
スケールデメリットへと変わっていく。

 


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2件のコメントがあります

  1.  素敵なコラムを拝読しました。ありがとうございます。
     全ての商品・サービスに対し、顧客というか大衆の最大公約数を要求する大企業のビジネスモデルが崩壊する訳ではないかと思いますが、少なくとも小資本で提供可能な飲食業界は、安田さんのコラムの方向生になるかと思います。
     逆に私がいるエネルギー業界では、大資本・大企業しか提供できないので、寧ろ、寡占化や益々の大企業合併が進展し大々企業化します。
     商品やサービスによって、個や拘りが活かせる業界の二極化・多極化が進むのではないでしょうか!言えるのは、従来の大企業化のスケールメリット一辺倒の価値観や社会は崩壊です。
     そういう意味では、世界的な大企業あり、先進企業あり、多様な文化があり、国内摩擦や対外戦争がない内部コストが低い日本において、個や拘りを活かせる日本(社会)の柔軟性は、世界最先端の課題先進国=ライフスタイル提供国かと思いました。
     令和になり、益々、楽しく明るい未来を築ける礎を作った昭和世代(祖父さん・祖母さん世代)の戦後復興パワーの頑張り&ご先祖様、そして日本そのものに感謝です。
                          以 上

  2. スケールすることが必ずしも正しいことではない。むしろマイナス要因になることもある。という当たり前のことなんですけど。自分の適性サイズを自分で見つけるのは難しいですね。

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