社会人vs会社人

立派な社会人になりなさい。
これは永久不変の人間理念といえる。
人間は究極的に進化した社会的動物だからである。
集団になって知恵を出し合い、役割分担することで、
人間はとてつもない利便性を生み出した。

電気水道ガスなどのインフラはもちろん、
バス電車飛行機などの交通機関、スマホやネットを
使えば家にいながら何でも取り寄せることができる。
すべては社会という仕組みによって成り立っているのだ。

自給自足などと言っても、所詮使っている道具も、
その素材も、社会がなければ手に入らない。
斧を作るにも鉄がないし鉄を作るにも鉄鉱石がない。
炉を作る煉瓦もなく煉瓦を作るノウハウもない。
そもそも自給自足するための知識そのものが、
社会のもたらす恩恵なのである。

人間はひとりでは何もできない。
それは「お互い様」などという軽いものではなく、
社会を離れて生きることは人間には不可能なのである。
いかに社会の一員として役に立っていくか。
これはもはや人間の命題なのである。

だが現代社会ではここに大きな誤解が生じている。
それは会社という存在によって起こる誤解である。
立派な社会人になることと立派な会社人になること。
多くの人がこれを混同してしまっているのだ。

会社に貢献し、一人前の社員として認められること。
それは立派な会社人ではあるが立派な社会人ではない。
会社を通じて社会に貢献しているではないかと
言われそうだが、問題はその順番なのである。
社会に貢献した結果として会社の利益にも貢献する。
この順番は正しい。

だが現実はこのようにはなっていない。
現場で不正が起こるのも、パワハラやモラハラが
起こるのも、順番が間違っているからである。
一番が会社の利益。
こうなってしまうとそこに所属する人は
社会人ではなくなってしまう。

立派な社会人とは
『私<社会』という生き方に他ならない。
『私>社会』という人を
立派な社会人と認定する人はいないだろう。

つまり会社>社会となった時点で、
それは理念に反する行動なのである。
私は何も偉そうなことを言いたいわけではない。
SDGsのような理想を語っているわけでもない。
言いたいことはただひとつ。

より大きな集団の利益を優先する。
それが立派な社会人であり、人間社会をより良くする
ただひとつの法則であるということ。
パワハラも、忖度も、不正も、収賄も、戦争も、
優先順位の間違いが招いているのである。

 

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