【コラムvol.40】
明けない夜は、ある。

「ハッテンボールを、投げる。」vol.40  執筆/伊藤英紀


1970年代は、一億総中流と言われた。
この言葉は小学生の僕の耳にも入っていたくらい、
当時の世の中を覆っていた。

特にその意味について「ん?ホンマかいな」と
疑ったことなんかない。
音声としてがっちりインプットされていて、
その言葉の正否を、自分のまわりを見渡して
自分の頭で検証してみる、なんてところまで
たどり着いていないわけですよね当然。
単なるアホづらのガキだから。
そもそもそんなことになんの関心もないし。

が、このたび、ちょっくら思い出してみると、
「んなことはなかったなあ、やっぱり」と、
瞼の裏にビンボーと金持ちの格差模様が
シーンとしてありありと浮かぶ。

かなり小さくて古い、
昭和30年代仕様みたいな冷蔵庫。
それは、貧しい母子家庭の台所に、
小さくうずくまるように置かれていました。

夏休みにその子んちに遊びにいったんだけど、
老朽化した小さな家屋で、
電灯も暗くわびしく感じた。

台所で、年季の入った安物のコップに
お母さんがカルピスを入れてくれた。
サイコロ大のちびっこい氷が
2~3浮かんでいるだけ。
ぜんぜん冷えてはいません。
たぶん、旧式すぎて製氷能力がすごく
低かったんだろうと思う。

僕は、この家ビンボーなんだな、と
感じてしまっている自分を
少し恥ずかしく思いつつ、
黙ってぬるいカルピスをいただいた。

片や従兄んちは、ホテルを経営していて、
おじさんはでかいリンカーンに乗っていた。
年上の従兄は鉄筋コンクリートの20畳くらいの
部屋を持ち、エレキやアコースティックなど
複数あるギターを弾きながら、
フュージョンやクロスオーバーみたいな
アメリケンな大人の音楽を聴かせてくれた。
たぶん西海岸が香っていたんだろうけど、
そんなもん知らない田舎もんの僕には
匂うわけもない。

金持ちって、こんなか。
でも羨望なんてまったくないんですよ。
それは近親憎悪の特権みたいなもんで、
暮らしぶりがあまりに違いすぎると、
ただボーッとクチをあけて
へらへらしているしかない。

高度経済成長を経て、
豊かな暮らしが国民全体に定着していた
といわれる、1970年代であっても。

ぬるいカルピスを飲んでいるような家庭。
暮らしに西海岸が香っているような家庭。
それぞれ相当数いたはずだ。

一億総中流と言われるほど、
国民の実態は、基準のよくわからない
真ん中の豊かさで平準化されていたわけではなく、
貧富のチャートをつくれば高低中に
はっきり分布していただろう。

社長は、まだ、自社を知らない。
社長は、自社の魅力や可能性を、あんがい知らない。30年、中小企業を見てきて、つくづく思う。社長のお考え、事業の過去・現在・未来。伊藤英紀と若いのがパーティーを組み、ワイワイ質問したおす2時間半。会社丸ごと、棚おろしです。棚からボタモチのように、気づかなかった自社の魅力がドサリと手に。
ブランド・理念経営・事業戦略・組織強化のみなもとを、再発見・再定義するパーティーに、ぜひ。

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