日曜日には、ネーミングを掘る ♯123「いただきます」

今週は。

わが家のお向いの奥さんは、
薩摩の人である。

先日、郷里から届いたとのことで、
『春駒』なる生菓子をおすそ分けくださった。

米粉と餅粉を主とする素朴な菓子で
ういろうに似た食感と味がする。

春駒の名の由来には諸説あるようだが、
筒状で細長い形状が馬の逸物に似ているので
「うまんまら」と称されていたところ
かの久光公が「このような呼び名では
女供が恥ずかしかろう。春駒と呼べよ」と
命じたことで、いまの可愛らしい
呼び名になったのだと
菓子に添えられた栞に書いてある。
(お向かいの奥さんは丁寧な方でもある)

逸物、まら、ともに男根のことである。
なるほど確かにそう見えぬこともないなと、
手にした10㎝ほどのソレを
しばし見入ったものである。

食にまつわる話が好きである。

きっかけは、15年程前、
東京・日本橋室町にある海苔の名店、
山本海苔店より仕事をいただいてより。
注)山本山とお間違えなきよう。
あちら様は、茶である。

一時期は、夢中でその筋の書き物を読んだり、
老舗の店主の四方山話を聞いて
回っていたこともある。

そのなかにはネーミングの原点とも
言えるようなエピソードも多い。

たとえば、山本海苔店のマークは、
〇のなかに梅(マルウメ)、
看板商品である『梅の花』を
はじめ梅にまつわる商品も多い。
これは海苔が梅と同じように香りを尊び、
梅の咲く寒中にもっとも上質の海苔が
採れることにちなんでいる。

梅は梅でも、
とらやを代表する小倉羊羹『夜の梅』は、
季節とは直接関係なく、
切り口の小豆を夜の闇に咲く
梅に見立てて菓銘としている。
室町時代の京に生まれてより
およそ五百年。雅である。
ちなみにこの羊羹、パリに出店した当初、
石鹸と間違われて売れなかった
という話も聞いた。

甘味つながりで、銀座の空也。
夏目漱石の『吾輩は猫である』の舞台となる
苦沙弥先生の家で来客があったとき、
茶菓子として出されるのは空也餅である。
近くにあるかりんとうのたちばなと同じく、
江戸時代もかくやとばかりの雰囲気を残す。
店内に掛かる扁額に彫られた
空也の文字は、野上彌生子の手になる。

手になるといえば、
幕末の三舟の一人、山岡鉄舟。
剣と書の達人であったが、
さまざまな食跡も残している。
前述した山本海苔店の最上級品「無双佳品」、
あんぱんで有名な木村屋総本店の看板は
鉄舟の書であり、そもそもあんぱんを
明治天皇に献上したのも鉄舟であった。
木村屋の大恩人なのである。

などなど、
食べものの話となると切りがないので
このあたりで終いとしたいが、
こうした何気ないエピソードも含めて、
私は「いただきます」の内だと思っている。

今回のコロナの影響で、
歌舞伎座前で152年に渡り
暖簾を守ってきた
木挽町辨松が廃業したほか、
いくつかの由緒あるお店が、
長年受け継いできた味とともに
その歴史に幕を下ろした。

時の流れとはいえ、
なんとももったいない話である。

ブルー・オーシャン戦略は、未知の新大陸を探しだす作業ではありません。
新たなブルー・オーシャンは今いるレッド・オーシャンの中に無数に存在するのです。

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