仕事を選ぶ権利

人には職業選択の自由がある。
だがその自由を、生かし切れている人は少ない。
それは、スキルや学歴が足りないからではなく、
不景気で選ぶ職業が限られているからでもない。
あるべき自由を生かし切れない最大の理由、
それは、お金に縛られているからである。

人は生まれたその時には、
お金という概念すら持っていない。
だが成長と共に、
その概念を嫌という程刷り込まれて行く。
その結果、選んでいるように見えて、
実は選ばされている、という現象が起きてしまう。

試験で良い点数を取り、受験で良い学校に入り、
就職で良い職業を選ぶ。
自分の意思と努力で獲得した順風満帆な人生。
一見するとそのように見えるが、
そこにあるのは本当の意味での
自由意志による選択ではない。

人間にとって仕事とは、
想像しているよりも遥かに奥深く、根元的なものである。
そして仕事選びとは、人生選びそのものなのである。
人は、生きる為に働いているのではない。
働くために生きているのである。
多くの人は、この二つの違いを見落としてしまいがちだ。

生きる為に働く人生と、働くために生きる人生。
もし、どちらも不自由だと感じるなら、
既にお金に縛られている可能性が高い。
それは「働く=金を稼ぐ」という図式が、
完全に刷り込まれている証拠だ。

働くとは何なのか。
人を喜ばせることなのか、自分が喜ぶことなのか。
人生の苦楽なのか、人生の快楽なのか。
それを決める権利が私たちにはある。
働く意味を考えることは、
生きる意味を考えることに等しいのである。

仕事を選ぶ権利とは
「どの仕事で金を稼ぐのか」を選ぶ権利ではない。
それでは選んでいるように見えて、
選ばされているだけだ。
金を稼ぐ手段の中から好きなものを選べ、という選択。
それは選択とは言えない。
とにかく金の為に働け、という強制である。

働くとは何なのか。
どういう仕事に価値を感じるのか。
何を持って自分の仕事とするのか。
どういう依頼を引き受けて、どういう依頼を断るのか。
それを決める権利が私たちにはある。

金にはならなくても、
自分が価値を感じることを仕事とする人。
それは、仕事を選ぶ権利をきちんと行使している人。
お金になる仕事にしか価値を感じないという人。
それは、仕事を選ぶ権利を放棄し、
お金のためだけに働かされる人。
どちらが自由な生き方なのか。
どちらが豊かな人生を手にするのか。
答えは明らかである。

 


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