近道と頭の回転

頭の回転が速いのはいいことである。
と、考えている人は多い。
いや正確には、
考えもせずにいいことだと思っている。
なぜなら考えるまでもなく、
頭の回転は早いほうがいいからである。

考えるまでもないのだが、あえて考えてみよう。
頭の回転が速いと、答えにたどり着くのも速い。
余計な遠回りをしないから。
寄り道したり、道草したり、しないから。
コミュニケーションも円滑である。
単位時間内の生産性も高い。

いいことばかり。
確かにその通りだ。
だがこの考察には大きな欠落がある。
それは、頭の回転が遅いことによるメリットを
考えていないということ。
頭の回転が遅いことはデメリットでしかないのだろうか。
それは単に処理能力の低い
パソコンのようなものなのだろうか。

人間の情報処理機能はコンピューターのそれとは違う。
一番違うのは、近道ができるところ。
パソコンにもショートカット機能はあるが、
何をどこまでショートカットするのかは、
人間が決めている。

もちろん、自ら学習して近道を探すAIは存在する。
だが、何が近道なのかは目的地によって変わる。
人生を最も有意義に過ごすことを目的とした時、
AIはどのような近道を示すのだろうか。
私たち人間は、知らず知らずのうちに
その答えを出している。

人生を有意義に過ごすために考えるべきこと。
考えるまでもないこと。
それを無意識に分離している。
全ての情報にアクセスしながら
最適解を出し続けることなど、
人間には不可能だからである。
無意識の近道こそが人間の特性なのだ。

私たちは学習と経験によって、
近道を選択するスキルを身につけている。
それは同時に習慣でもある。
考える必要がないと判断するスキルと、
考えるまでもないことだと決めつけてしまう習慣。
その境目はかなりあやふやなものだ。

近道によって無駄を省く機能は、
同時に新たな可能性を消してしまう。
頭の回転が遅い人は、往々にしてこの機能が弱い。
だがそれは同時に、
新たな価値を生み出すことにつながる。
遠回りな思考や、寄り道・道草をしてしまう好奇心。
それは時に新たな道の発見につながる。

山登りは頂上への最短ルートがベストだとは限らない。
そもそも頂上にたどり着くことがゴールだとも限らない。
人はなぜ山に登るのか。
目的が変われば最短ルートも変わる。
最短コースを辿る人生と、寄り道・道草を続ける人生。
どちらが有意義な人生なのだろうか。

 


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