第42回 経営には「予選型」と「本戦型」がある?

この対談について

株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。

第42回 経営には「予選型」と「本戦型」がある?

安田
鈴木さんはレーサー時代、まず頭の中で設計図みたいなものを作ってからレースに挑んでいたんですか? 「あのカーブはこれくらいのスピードで走ろう」というような。

鈴木
いえ、それはないですね。あらかじめ「こう走ろう」と考えていても、レース中は相手がいるので、その通りに走れることなんてまずないですから(笑)。
安田
確かにそうか(笑)。では実際レース中はどういうことを考えて走っているんですか?

鈴木
基本的には「前にいる選手をどう抜こうか」ということですよね。あるいは、「後ろにいる選手に抜かれないためにどうしようか」という。
安田
なるほど。そういう意味ではシンプルなんですね。

鈴木
ええ。ただ、先ほどの話同様、相手がいるわけだから自分の思い通りに走れるわけじゃない。レーサーにはそれぞれ「レコードライン」という、自分が一番早く走れるラインがあるんですが、常にそこを通れるわけじゃないんですよ。
安田
そのラインを他の選手が走っていることもあるからですね。

鈴木
仰るとおりです。ただ、本線の前にある予選ではコースを1人で走るので、そこでは自分のレコードラインを好きなように走れます。予選の順位によって本線のグリッド(スタート位置)が決まるので、予選でどれだけいい成績を残せるかが非常に重要で。
安田
ふーむ、なるほど。でもそうすると、予選1位の人は前に誰もいないコースを走れるわけですよね。つまり本選でも自分のレコードラインを走れる。それだと誰も抜けない気がするんですが。

鈴木
それがそう簡単なものではないんですよ(笑)。というのも、実は追う方がすごく楽なんです。「抜きたい!」というアグレッシブな気持ちがあるから、普段の自分では出せないようなスピードでコーナーを曲がれたりする。逆に追われる側は精神的にもキツいので、ふとしたときにミスってしまったりするわけです。
安田
なるほど。そういう意味ではトップ選手のほうがキツいんですね。

鈴木
仰る通りです。考えてみれば、会社経営でも同じなのかもしれませんね。トップシェアの会社は「今後もトップを維持しなければならない」というすごいプレッシャーを感じるはずですよ。そういう意味では、自分の企業が2番手・3番手にいて「どうやって抜いてやろう」と考える方がやりやすくないですか?
安田
ああ、なるほど。確かにその方がやりやすいのかもしれません。ただ私個人としては、そういうバチバチの競争自体が苦手で(笑)。たぶん「本選」には向かないタイプなんでしょう。

鈴木
なるほど、レコードラインをきっちりと走る「予選」タイプということですか(笑)。
安田
ええ(笑)。さすがにバイクレースで予選タイプを貫くのは難しいと思いますけど、経営なら可能な気もするんです。鈴木さんはどう思われますか?

鈴木

確かに経営、特にマーケティング的には「予選型」がいい気がします。自分らしい走り(マーケティング)をした方が、利益もついてくると思いますしね。

安田
そういえば前回、マシンやライン取り、走り方など、様々なものがうまく噛み合ったときに「速く走れる」と仰っていましたよね。それってマーケティングと通じるところがありませんか? 会社や業界にうまく合わせることで大きな利益を出すことができるというか。

鈴木
仰るとおりだと思います。ただ興味深いことに、現実のレースだと往々にして本線の方でベストラップが出るんですよね(笑)。一人で走れる予選のほうが絶対に走りやすいのに、相手がいることで自分の能力も引き上げられるんです。面白いですよね。
安田
あぁ、確かに。オリンピックでも予選より決勝のほうが世界レコードが出やすいですよね。あれは周りの選手に引っ張られて、自分のパフォーマンスが引き上げられているということなんでしょうね。

鈴木
ええ。だからもしかすると経営でも「本選型」のほうがいい場合もあるのかもしれない。
安田
なるほど。スポーツ選手のように競争して勝つことが好きな経営者は「本選型」が合っている。私のように競争なんて大嫌いという経営者は「予選型」で独自路線を地道に行くのもいい、と。

鈴木
ええ。ちなみに僕はマーケティング的にいうと、一番やりたいのは「不戦勝」ですけどね(笑)。
安田
そうなんですか? それはちょっとレーサーらしからぬ発言ですね(笑)。

鈴木
もちろんいろいろな駆け引きがあった方が見ていて面白いんですけど。でも実際に自分が参戦するなら、プレッシャーを感じず一人勝ちできた方がいいに決まっている(笑)。
安田

戦わずして勝つのが一番好きだ、と(笑)。


鈴木
そういうことです(笑)。僕、子どもの頃から「これは絶対勝てないな」と思うフィールドは選ばなかったんです。たとえば小学校の時に野球をやっていたんですが、中学に上がったとき、部活にはすでに精鋭たちがいっぱいいた。
安田

自分よりも上手な選手がたくさんいたわけですね。


鈴木
そうそう。「ここに入ってもレギュラーにはなれないぞ」と。それで剣道部に入ったんですよ。6人しか部員がいなくて、「ここなら即レギュラーじゃん!」って思って(笑)。
安田
そうだったんですね(笑)。ということは、鈴木さんって生粋の競争好きというわけでもないんですか。

鈴木
そうかもしれないですね(笑)。とはいえ、スポーツにしろ経営にしろ、やはりある程度「競い合う」ことは必要だと思いますね。安田さんだって「自分自身と競い合って」高みを目指していっていると思うので。
安田
なるほど。じゃあ経営的には、「予選型」にしろ「本選型」にしろ「不戦勝型」にしろ(笑)、自分に合ったやり方を探っていくのがよさそうですね。

 


対談している二人

鈴木 哲馬(すずき てつま)
株式会社濃飛葬祭 代表取締役

株式会社濃飛葬祭(本社:岐阜県美濃加茂市)代表取締役。昭和58年創業。現在は7つの自社式場を運営。

安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

Twitter  Facebook

1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 

感想・著者への質問はこちらから