昔から、虚業とか実業とかいういい方があります。
コンサルタントとか娯楽産業などが虚業で、いってみれば悪いもの。それに対して農業とか医療とかが本質的な価値がある実業でえらいもの、みたいにいわれます。
わたくしがつとめてる会社が後者の代表格みたいな製造業なんですが、いやこれ、ばりばり虚業っすよ。
周囲を見渡すと、どいつもこいつもしゃべってばっかりでなんもつくってない。
近所の友だちに昨日ぶりに出くわしたマダムのように、ほんとうに長時間を会話に費やしている。
人間の対話はそれ自体がどこかで価値を生むのじゃないの、っていわれるかもしれません。たしかに2000年代にGoogleがオフィス内の無料食堂やカフェをあえて混雑させ、異なる部署の社員が偶然出会う仕組みを設計して成果を出しました。ただ、その効果を客観的に認められるのは世界でも一部の上澄みだと思います。
人間しゃべっているとそれが目的化するのは自然なことです。ただそこが居酒屋ではないというだけで。
では、生産現場は時間に比例して成果を作れるという意味で、実業そのものではないか。
そうでもないです。
工場の従業員も価値を作ろうなどとは思っていません。マニュアル通りに手を動かしてるだけで、たまたま機械が代替できないことを担当している。そこで提供してるのは指示された動作であってモノでも成果物でもありません。
そもそも完成した品物ですら、同じような性能を同じような値段で提供してる業者は他にいくらでも存在します。資本主義だからです。
しかし、市場が生き残りを許してるということは間接的な価値の証明といえるかもしれません。
これはその通りで、価値は市場、ひいては他者がきめます。
ただここで、最初の話にぶつかります。
生き残ることが価値の証明であったら、コンサルもYouTuberも同じってことにならないでしょうか。業種や分野にかぎらず、絶対的な価値など誰にも説明できなくて、ぶっちゃけなくてもいいけど人様に受容いただいて存在をつづけている。
なんというか、わしらはみんな虚業に生きているのかもしれません。
















