その236 スマホを批判します。

新しい道具を否定するのは基本的にむなしいと思われる行為です。

いまならAI、これを「どう使うのかいまだによくわからないしなんかイヤだ」といったらそれを言った人の方が否定されることでしょう。とはいえ、鳴り物入りでデビューした存在がどこに行きつくかなんて、相当時間が経たないとわかりません。

iPhoneが来年でデビュー20年ですが、そろそろスマホは「世の中を変えるもの」としては完成したといっていいでしょう。

ということで「世界を変えた道具」としてのスマホを批判します。3つあります。

ひとつは、根本的に機能がPCの下位互換であること。PCにできないことがたくさんできるのはわかります。だから覇権をとったということも。しかし、後から出てきたものが性能では前世代の簡易版だというのは、進歩のつじつまが合いません。

あとたまに、「今はスマホでなんでも調べられる」って言う人いるじゃないですか。スマホ以前からそうですよ。

ふたつめ、利己的な道具であること。
スマホが道具としてなにが特別なのかというと、突出度合からみればただ一点です。「人間の時間を吸い取る能力」です。意図的にそういう風に設計されているわけですし、生活に食い込んで依存性を上げるよう努めて作られています。

ビジネスとして非常に合理的ですが、単純に気持ち悪いともいえます。

みっつめ、それに近いことですが、なくてもいい存在にすぎること。
歴史的な発明というものはその後の世界を「元に戻れない」に変えるものですが、スマホはそのインパクトがどうにも中途半端なんですよね。現金がなくて済む。切符を買わないで済む。カードを持たないで済む。そこ、致命的に困ってました?という。

また、武器とか兵器とか、なければもっと人が死ななくて済んだ、みたいなものがあるじゃないですか。移動中の使用リスク、毒々しいSNS環境、依存による健康被害、スマホのせいでおそらく相当な人数がやられてます。凶器としては使われないだけで。

ただ、緊急連絡とか通知とかで命そのものが助かった例もありますよ、と言う人もいるかもしれませんね。
ガラケーとかPHSで代替できてたでしょうね。

 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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