
何かというとですね、あのー、先日もちょっとお話が出た「Reeflet」の5月19日のコラムの境目日記のなかに「始まりは苦手とか嫌いとかの排除である」ということが書いてありまして、えーと、なんていうんですか、結局、「“好き”を知るには“嫌い”とか“苦手”を排除する必要がある」っていうような話なんですけど、結構知らず知らずのうちに我慢してることとか、あとは我慢に気づかないっていうこともあって、気づいたときには遅くてちょっと疲れちゃってる、なんてことがあったりするので、まあ、もしかしたら気づいてないだけで嫌いなこともやってるかもしれないんですけど、その感度をよくしたいなと思って、「嫌い」とか「苦手」に気づく方法を教えていただけたらなと思いました。

好きなこととか得意なことを仕事にしたいっていうときに、「自分が何が好きで何が得意かがわかんない」っていう人が多いんですよね。「それを見つけるよりは、自分が不得意なこととか嫌いなことをどんどん排除していったら結果的に見つかるよ」っていうようなコラムですよね。

恋愛にたとえてたんですが、これも。人を好きになっていくときに、出会った瞬間に好きになることも、まあ、ありますけど、大抵は「この人はべつに嫌いじゃない」とか「一緒にいても苦痛じゃない」っていう人と過ごす時間が増えていき、だんだんとその人を好きになっていくというのが普通の恋愛なんで。だから、まあ大事なのは、普通、恋愛だったら「この人どうも苦手だな」とか「一緒にいるとなんかすごい嫌だな」っていう人とはあんまり近づかないようにしますよね。

たとえば「自分は野球が好きで甲子園に出たい。そのために一生懸命練習する」っていうのもしんどいことですけど、「そのために彼女と会うのをぐっと我慢する」みたいなのは健全な我慢だと思うんですけど、自分がべつにやりたくもないことを我慢して生活のためにやるっていうのは、あんまりポジティブな我慢じゃないような気がしまして。

もともと。だからセンサーがちょっと狂っちゃってる状態だと思うんですね。僕、基本的に心がちょっとでもザワつくことをやらないっていう人生を送ってきたんで、だからザワザワってくるわけですよ。「あ、この人の仕事をやるのはよくないな」とか。

これをね、自分がですね、えー、なんていうんでしょうねえ、どういうことをやるのかとかっていうことを、その人のかわりに考えてあげたりとか、仕事の指示を出したりとか、食べ物を与えたりとか、ペットを飼ってるような気持ちで「金子亜佑美号」と接するわけですよ。

自分だからわかんなくなるんですけど、それを、ちょっと他人を見る目で、「この子、こういうことをやらせてあげたら喜ぶんじゃないか」とか、「この子、こういうの苦手だろうな」とか、「ちょっとこの子、我慢しながらやってるよな」みたいなふうに、客観的に自分を見てあげるってことですね。
*本ぺージは、2021年6月23日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
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