第103回「最低賃金はなぜ上がる?」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第103回「最低賃金はなぜ上がる?


安田

菅総理って、最低賃金の引き上げにすごく力を入れてますよね。

久野

そういう感じですね。

安田

今後も引き上げはさらに進むと思いますか?

久野

間違いなく進むでしょうね。誰が総理大臣になっても同じだと思いますけど。

安田

中小企業は淘汰されていきますか?

久野

給料を上げられない中小企業は淘汰されると思います。

安田

日本の雇用って、中小企業によって何とか維持されてると思うんですけど。

久野

それが現実ですね。

安田

中小企業が多すぎるから「日本の生産性は低い」って言う人もいます。

久野

ある意味当たってると思います。生産性の低い中小企業が淘汰されたら、生産性は間違いなく上がります。

安田

最低賃金を上げる政策は正しいと。

久野

はい。最低賃金が上がれば、まず格差の問題が是正される。最低賃金が格差を作ってるんです、基本的には。

安田

そうなんですか。

久野

最低賃金って「この単価で仕事を出してもいいよ」という、ひとつのラインみたいなものですから。

安田

最低ラインってことですね。

久野

結局のところ「その金額でいいや」って話になってしまう。

安田

最低ラインを引き上げることによって、上との差が縮まると。

久野

縮まる。これは間違いないです。日本はこれまで最低賃金を低めに見積もったがために、先進国の中でも格差が大きくなってしまった。

安田

へえ。

久野

皆さん知らないですけど。

安田

日本は総中流じゃないんですか?

久野

それは昭和の話ですね(笑)

安田

サザエさん一家が普通だった頃?

久野

そうそう。一戸建てに住むのが普通だったんですよ。

安田

今は違うと。

久野

今どき都心であんな大きな家に住んでる人はいないでしょ。

安田

普通のサラリーマンじゃ無理ですね(笑)

久野

年収400万を切るようになったので。

安田

最低賃金を上げないと二極化はどんどん酷くなると。

久野

そうです。基本的に格差の問題は政治で解決させなくちゃいけない。

安田

若い人や賃金が安い人を、なんとかしなくちゃいけないと。

久野

それが政治の責任ですね。国民のために働くのが政治家なので。

安田

他にも課題は山積ですけど。

久野

この問題はいろんなものに紐づいてて。子どもの貧困とか、自殺の問題とか、そういうのに全部つながってるわけです。

安田

なるほど。

久野

それを含めて考えると、まずは「最低賃金を上げる」という前提で進めていくしかない。それが菅総理の考えてることだと思います。

安田

そこは確定路線ということですね。

久野

はい。で、そうなったときに「安い賃金でしか雇えない会社」はなくなってきます。事業として成り立たないので。

安田

成り立たないですかね。その会社だけ「賃金を上げろ」ってことならつぶれると思いますけど。一律で上がるわけじゃないですか。

久野

そこすら耐えられない会社があるんですよ。要は、遅れて動いてくじゃないですか。現場の値上げって。

安田

最低賃金はいきなり上がるけど、いきなりの値上げはできないと。

久野

そういうことです。

安田

値段を高くしたら売れないから。

久野

世の中が追い付いてくるまでに時間がかかるんですよ。

安田

その間に会社がつぶれちゃうと。

久野

そうです。そもそも地方には「値上げ」なんていう発想がないんですよ。

安田

ないですか。

久野

もう全くないです。「何とかしてくれねーか」なみたいな感じで、努力してない。

安田

他力本願ですね。

久野

「国が助けてくれない」って文句を言ってるだけなので。最低賃金が上がっても国に対して文句を言うだけ。

安田

もし最低賃金が「1500円以上じゃないと駄目」ってなったら、結構つぶれるところは出てくる?

久野

一気につぶれますね。そうすると今度は人が溢れてくる。そこでふたつのイノベーションが起きる。

安田

ふたつのイノベーション?

久野

ひとつは人を雇わずIT投資や機械投資に変わる。

安田

当然そうなりますよね。最低賃金が上がれば。

久野

もうひとつは、日本ってそもそも人不足で。雇用の吸収力が高い労働集約型産業ってまだ残ってるんです。介護とか。

安田

はい。そういうところは慢性的な人不足の状態ですね。

久野

なので、一瞬余ったように見える人材がそこに吸収されていく。

安田

いきますか。かなりの不人気ですけど。

久野

今はまだ選んでるから。会社から溢れ出すとそこに流れていきます。

安田

選んでる余裕がなくなると。

久野

はい。だから失業者が増えるという問題は起きない。

安田

でも介護って介護保険の報酬で成り立ってるわけですよね。

久野

そうですね。

安田

ということは、介護で働いてる人の最低賃金を上げるためには、国が介護事業者に払う報酬も増やさないといけないですよ。

久野

自己負担をもっとさせるとか。2割負担とか。3割負担とか。

安田

そうじゃないと成り立たないですもんね。ちなみに韓国では「最低賃金を上げたがために失業者が増えた」って言われてますけど。

久野

言われてますね。

安田

でも日本の場合はどこかに吸収されていくと。

久野

もともと日本ってずっと人不足ですから。コロナが来て、なんとなく人が余ったように見えるんですけど、基本的にはさらに減ってくわけなので。

安田

構造的にはそうですよね。

久野

むしろ問題なのは生産性の上がらない中小企業がものすごくたくさんあること。そして給与が高く払えないような会社に社員が何年も居座ってること。

安田

なぜ辞めないんですかね。「給料が安い」って文句言うくせに。

久野

合理的に考えれば、普通は給与の高い会社に人が移動してくはずじゃないですか。

安田

なぜ日本はそうならないんですか。

久野

我慢しちゃうんです。それが美徳のようになっていて。

安田

確かに我慢しちゃいますね。だから日本の場合は最低賃金を上げる以外に方法はないってことですか。

久野

外圧がかからないとやらない国なんですよ。会社も、働く人も、自ら考えて動かない。自ら考えて動く国民性だったら、わざわざこんなことする必要ないんです。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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