第146回 正論なのに謝罪するのはなぜ?

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第146回「正論なのに謝罪するのはなぜ?」


安田

品川駅で物議を醸した広告の話、知ってますか?

久野

はいNewsPicksの。1日で広告を取り下げて謝罪したっていう。

安田

すごい時代ですよね。「今日の仕事は、楽しみですか」っていう広告コピーが炎上したみたいで。

久野

たくさん並んでたんですよね。

安田

はい。ズラーと並んでたみたいです。でも謝罪までするようなことですか。

久野

それを見て、すごく気分が悪くなったという方がいて。

安田

「楽しいわけないだろう」ってことなんでしょうけど。あれは東京だけの特殊な反応でしょうか。それとも日本全国どこでやっても炎上したんでしょうか。

久野

日本全国一緒のような気がしますけど。

安田

名古屋でやっても同じことが起きますか。

久野

東京の方がさらに強い気はします。満員電車の混み具合も名古屋の比ではないし。そういうのがつらさの象徴になってるのかなと。

安田

確かに東京の通勤電車は地獄ですね。

久野

品川って特にすごいじゃないですか。電車から降りてくる人とこれから乗る人がものすごい数で行き交ってて。「毎日大変な思いしてるんだ」って。

安田

通勤が苦痛なのは分かります。でも炎上したのは「今日の仕事は、楽しみですか」ですよ。「今日の通勤は、楽しいですか」じゃなく。

久野

確かに。

安田

しかも1日で終了して謝罪までするって。ちょっと異常ですよ。

久野

そうですね。

安田

NewsPicksさんは、どういう意図でこの広告を打ったんでしょう。久野さんは一緒に講演されたことがあるんですよね?

久野

あります。私的にはNewsPicksはわりといいイメージでして。いい情報をしっかり仕入れて、さらに仕事を楽しくしようとか、充実したものにしようっていう。

安田

そうですよね。全然ネガティブな広告じゃないし。

久野

「仕事が充実してる」という前提で書いちゃったんでしょうね。

安田

充実してる前提はダメなんですか。

久野

じっさい反感を買いましたから。

安田

「世界人類が平和でありますように」とかと、変わらない気がしますけど。「仕事も楽しんだ方がいいよね」って正論じゃないですか。

久野

そうですよね。

安田

会社の広告なんて「歯の浮くようなセリフ」が普通ですし。SDGsが盛んですけど本気で地球環境を考えてる会社がどれだけあるのか。

久野

SDGsとはちょっと毛色が違うんでしょうね。

安田

何が問題だったんでしょう。1日で取り下げたり、謝罪までするほどのことなのか。

久野

放っておいたらさらに炎上したってことでしょうね。Twitterでトレンドになってましたから。

安田

むしろ、いい宣伝になる気がしますけど(笑)

久野

炎上して謝るところまで計画してたらすごいですね(笑)

安田

いや、考えてないでしょう。

久野

前にも「さよなら、おっさん。」という広告コピーで1回炎上させてまして。

安田

それはNewsPicksさんが?

久野

はい。「あまりにもおっさんを悪く言い過ぎだ」って炎上したんです。

安田

どういう内容だったんですか。

久野

「おっさん」=「旧世代の考え方に凝り固まった人」という定義で。だけど中身を読むと個人批判になってるんですよ。鈴木敏文会長が批判されてて。

安田

セブンイレブンの鈴木さん?

久野

はい。追い出されるまで「権力にしがみついた老害」という例で出されてる。

安田

それは酷いですね。じゃあ今回も炎上商法かもしれないと。

久野

今回は違うと思います。

安田

今回の炎上は「仕事なんて楽しくない」ってことが根幹にあるわけで。そんなネガティブな感情になぜ共感が集まるのか。

久野

それだけ多いってことでしょうね。仕事が楽しくないと思ってる人が。

安田

この広告を考えた人も会社員ですよね。その人たちも本当は「楽しくない」と思ってるんでしょうか。

久野

NewsPicksは意識高い系の人たちが集まってますから。仕事が楽しくないって人はターゲットじゃないんでしょうね。

安田

なるほど。じゃあ思ってたよりターゲットが少なかったのか。あるいは、いつも久野さんが言うように、少数の人が声高に叫んでるだけなのか。

久野

基本的に日本はポジティブなメッセージが炎上しやすいんです。

安田

SDGsもポジティブですけど炎上しませんよ。

久野

う〜ん。たとえば日本では「儲かってる」って言っちゃ駄目な雰囲気ないですか。

安田

確かに言いにくいですね。なにも悪いことはしてないんですけど。

久野

それと同じで「仕事楽しいぜ」って言っちゃう人は、「頭おかしい」と思われる。

安田

「仕事の報酬は仕事だ」とか「24時間働けますか」とか、ちょっと前まで大絶賛されてたのに。もう意識高い系は浮いちゃうんですか。

久野

浮いちゃってますね。かといって、逆張りの広告を出すわけにもいかないし。「仕事が楽しいですか」の反対って何なんですかね。

安田

「今日も我慢して稼ごう」みたいな。

久野

それも大炎上すると思うんですよ(笑)

安田

どっちにしろ炎上するんじゃないかっていう。

久野

そうなんです。右か左によせたら炎上するんですよ。

安田

もはや当たり障りのない広告を出すしかないと。広告の意味がありませんけど。

久野

「仕事のやりがいを打ち出す」=「社員を酷使する会社」みたいに連想しちゃうんでしょうね。仕事が報酬なんていうのはもう昭和の感覚なんです。

安田

やりがいなんて時代遅れだと。

久野

仕事なんて「稼ぐために割り切ってやればいいよ」って感じ。それをまた引き戻そうとしたところに反発があったのかなと思います。

安田

仕事って楽しいと思いますけどね。楽しくないのは仕事じゃなくて会社だと思う。

久野

多くの人にとっては「仕事=会社」ですから。ほとんど同じ意味なんですよ。

安田

ぜんぜん違いますけどね。会社を離れても仕事なんてたくさんあるのに。

久野

私もそう思います。

安田

やりがい搾取は確かに良くない。だけどNewsPicksさんもそういう意味で言ったわけじゃないでしょう。

久野

普通に「頑張ろうぜ!」って意味だったんでしょうね。

安田

謝罪なんてしないで、正々堂々と反論したらよかったのに。

久野

さらに炎上します。

安田

炎上が嫌だったら、最初からこんなこと言わなきゃいいのに。

久野

正論でここまで炎上するとは予想できなかったんでしょう。

安田

それだけ多くの人が我慢しながら働いてるってことですか。

久野

残念ながらそれが日本の現状ですね。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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