第151回 なぜ国は65歳以上に手厚いのか

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第151回「なぜ国は65歳以上に手厚いのか」


安田

マルチジョブホルダー制度?これって正式名称ですか。

久野

正式名です。

安田

高齢者が雇用保険に入るための制度ってことですよね。

久野

そうです。

安田

イメージが湧かないんですけど内容を簡単に教えてもらえますか。

久野

雇用保険って基本的に1社しか入れないんです。

安田

副業していても入れるのは1社だけってことですよね。

久野

そうです。ちなみに雇用保険って「失業したとき」の保険なんですけど。

安田

それは知ってます(笑)

久野

ただ、これまでは1社で20時間以上働いてないと入れなかったんです。

安田

今回の制度でそこが変わると。

久野

65歳以上の人に関しては「複数社で20時間」働いてれば「雇用保険入れてもいいよ」と。

安田

つまり本業がなくても失業保険が出ると。

久野

3社で掛け持ちしていて1社失業したら、1社分の失業給付が出る。

安田

なるほど!掛け金はどの会社が負担するんですか?

久野

按分ですね。

安田

たとえば5社で勤務してる場合は5分割して払う?

久野

雇用保険は給与に対して何%なので、支払った金額にその率を掛けて国に治める。

安田

副業している会社すべてで雇用保険に入るわけですか。

久野

そうです。

安田

これまでは1社だけ入ればよかったんですよね。

久野

1社でよかったんですけど20時間以上という縛りがあったんです。

安田

なぜ変わったんですか。

久野

65歳以上になると、なかなか1社で20時間以上も雇ってくれるところが少ない。

安田

なるほど。そういう人たちでも入れるようになったと。

久野

合算で週20時間を超えたら入れます。

安田

月の決まりはないんですか。

久野

月はないです。1週間の契約で見ていく制度。

安田

週によって変わったりすると思うんですけど。

久野

いちばん多い週で20時間あれば入れます。ただ会社側は少なめに契約したがる。

安田

少なめに?

久野

たとえばパートさんと週3回で契約した場合、週2回しか仕事がなくても1日分の給与保障をしなくちゃいけないから。

安田

だから少なめに契約して、必要に応じて増やすってことですね。

久野

そうです。

安田

これは1社で 20時間を超えないケースだけですか。

久野

そうです。ただ65歳未満の人は何があっても1社でしか入れません。

安田

なぜ年齢にこだわるんでしょう。

久野

日本の制度は副業を前提にしてないからです。

安田

本業でちゃんと稼げと。

久野

そう。だけど今は年金問題もあって。人生100年を見据えていくと「65過ぎても絶対働いてもらわないといけない」という考えです。

安田

働いてもらわないといけないし、社会保険料も払ってもらわないといけない。

久野

そうです。

安田

つまり1社で20時間働けない人も、ちゃんと徴収しようってことですね。

久野

徴収というか、失業手当が出るから安心だよねと。働くのをスタンダードにしていくってことだと思います。

安田

言い方を換えれば「もらう立場の人を払う立場に変える」ってことですよ。

久野

そうなんですけど。現実的にもう年金だけではやっていけないんです。

安田

どっちにしても働くしかないと。

久野

はい。それが現実だと思います。

安田

これってフリーランスも同じですか? 5社合わせて20万以上稼いでいる65歳のフリーランス。

久野

いえ。あくまでも雇用者が対象ですね。フリーランスは法人化してなければ社会保険には入ってない。

安田

フリーランスにも払わせた方が税収は増えると思うんですけど。

久野

フリーランスからは、まだ社会保険徴収できてないんですよ。

安田

いずれそういう制度もできるんですか。

久野

取りたいんじゃないですかね。だから国は「フリーランスの保険を手厚くしよう」って動いてる。フリーランスの人は余計なお世話だと思ってるかもしれないですけど。

安田

それは「法人化していなくても社会保険は払ってもらう」ってことですか。

久野

そうです。

安田

そういう意図でフリーランスを応援してるわけですね。

久野

それだけじゃないです(笑)いちばん怖いのは所得なので。

安田

所得が怖い?

久野

個人事業主は「怪我したときのセーフティーネット」がまったく想定されてないので。

安田

確かに。フリーは怪我したら終わりですよね。

久野

はい。働けなくなったときどうするか。労災と傷病手当、そして厚生年金の部分がサラリーマンとギャップが大きい。ここ解消しないといけない。

安田

なぜ解消しなくちゃいけないんですか。

久野

そこを解消しないとフリーランスに人が流れていかないから。逆にそこが変わってくると社会保険制度的にはそんなに差異がなくなってくる。

安田

やっぱり社会保険は入っておいた方がいいですか。

久野

絶対に入ったほうがいいです。収入があるんだったら法人化して入ったほうがいい。

安田

法人化すれば必然的に社会保険に入るわけですよね。

久野

はい。

安田

じゃあ国としては「フリーになるんだったら法人化しよう」という流れになる?

久野

国としてはそうなってほしいでしょうね。 ただ社会保険と今回の雇用保険ってちょっと意味が違うんですよ。

安田

雇用保険って社会保険の中のひとつじゃないんですか。

久野

大きな括りではそうです。ただ厳密には労働保険と社会保険って分かれてるんです。労働保険の中に労災と雇用保険があって、社会保険の中に健康保険と厚生年金がある。

安田

ということは労働保険に入っても年金は増えない?社会保険に入っても失業手当はもらえない?

久野

そうなんです。

安田

なるほど。

久野

普通の人が雇用保険を使うケースって、ほとんど失業の時だけで。

安田

いちばん身近ですよね。

久野

失業しても補償されてるって安心じゃないですか。

安田

そりゃそうですよね。それが20時間以下でも付いてくると。

久野

65歳以上なら付いてきます。

安田

なぜそんなに65歳にこだわるのか。

久野

「65歳以降も働いてね」っていう国のメッセージですよ。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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