7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
前回のおさらい 第19回「仕事のための仕事」
「お金だけじゃ人は集められない」って、アドバイスされてますよね?
はい。お金ではもう人は集まらないです。
とはいえ、ネットを見れば「お金がない」だの「生活が苦しい」だの「給料を増やせ」だの言ってる人が、まだまだ多いように思うのですが。
そういう書き込みは確かに目にしますけど、実際にはマジョリティーの意見ではないと思います。
お金じゃない基準で選ぶ人が、増えてるってことですか?
間違いないです。
とはいえ「でも、やっぱ金だろ」と思ってる経営者は多いと思いますよ。
それはもう、完全にズレてますね。
でも、いくら好きな仕事だって、5万円じゃ生活できないですよね?
はい、もちろん。バランスが大事です。
ということは、お金じゃない部分も大事だけど、「そこが変わらないんだったら報酬が高い方がいい」ってことにならないですか?
いや、そこが変わるんですよ。むしろ報酬の方がほとんど変わらない。
まあ、確かに。他社より高くすると言ったって、たかが知れてますもんね。
でしょ。
その「ちょっとの差」は、あまり有効ではないと?
この話って「なぜ男も女も結婚しなくなったのか」というところとリンクするんですよね。
え!そんなところにリンクしてるんですか?
はい。たとえば僕のクライアントに、お弁当屋さんがあるんですけど。
お弁当屋さん。前にも仰ってましたね。採用大変そうでしたよね。
そう思いますよね?ところがここ、すごく定着がいいんですよ。
やりがいのある職場だと?
いや、要するに都合がいいんですよ。
都合がいい?
はい。お笑い芸人とか、売れない俳優とか、ミュージシャンとか、そういう人たちにとって都合のいい職場。
なるほど。時間の融通が利くということですね?
そうです。彼らは舞台やら撮影やらが入ると、ずっと仕事に入れなくなるので。
そこを配慮してあげれば辞めないと?
辞めないし、どんどん集まって来ます。
でも給料は決して高くないでしょ?
そのとおりです。でも安田さん、もし自分ひとりで生活してて、どうしても俳優になりたくて、あるいは舞台の仕事を続けたくて、いくらあれば暮らしていけます?
それは好きなことのために、どれくらい貧乏生活できるかってことですか?
そうです。
う〜ん、どうなんでしょう。25万くらいあったら頑張るかもしれません。
いやいや、そんなになくても頑張るんですよ。
頑張りますか?
はい。弁当屋で14~15万稼いで、あとはたまに舞台の仕事が入ってプラス3~4万。これだけあったら、好きなことをやります。
やりますか?
やりますね。「自分さえ食えればそれでいいんです」っていう人口は、ものすごく増えたと実感してます。
なるほど。いくら役者で仕事が楽しくても、家族がいたらそんなことやってられない。でも自分一人だったら、それができちゃうと。
そうです。
好きなことをやるために、結婚もしなくなった?
はい。今、女性への同調圧力って、社会的にすごく弱いじゃないですか。
そうなんですか?
だって、べつに25過ぎて結婚しないと「ものすごく居づらくなる」っていうことはないですよね。
まあ、そんなのは普通ですよね。
だから、女性も結構自分の好きなようにやって、お金は最低限稼げればいいっていう人は、昔とは比べものにならないぐらい増えてます。
ちょっと仕事ができる人だったら、男よりも稼いじゃいますしね。
現場の実感で言うと「家庭を持たない」「結婚しない」「自分ひとりでいい」っていう層はものすごく多いです。
そんなに多いんですか?
安田さんの想像以上だと思いますよ。
そう言えば最近、女性から離婚の話をされる機会が多くて。
(笑)離婚相談もやってるんですか?
いえいえ、そういうわけじゃないんですけど。なぜか、立て続けにそういう話になって。
(笑)安田さんも経験者ですからね。
でも男の私とは、実感がぜんぜん違うなあと思いましたね。
ほう。どういうところがですか?
女性って別れる相手に「これっぽっちも」未練がないんですよ。別れた後も全く後悔してないし、心から「清々した!」みたいな。
うわぁ!
本当に心からそういう感じで、別れられない理由が経済的なものだけなんですよ。
まあ、そうでしょうね。
だから、子どものことさえ何とかなるんだったら、貧乏暮らしでもいいからこの人と離れたいっていう。
もう完全に嫌われちゃってますね。
そうなんです。別れた後の苦労よりも、自分の好き嫌いのほうを優先しちゃってます。
じつは飲食店の学生バイトも様変わりしていて、昔は優秀なバイトを引き留めるには時給を上げておけばよかったんですけど。
今はそうではない?
はい。今、優秀なアルバイトの時給上げようとすると「安田店長、いいんです僕。時給上げなくていいんです」って。
そんな子、本当にいるんですか?
いっぱいいます。
それは、さすがに驚きですね。
「時給が高くなるとか、そういうのはいいんです。べつに僕そんなに困ってないし、親からも小遣いもらってるんで」って。
そういう人たちって、何のために働いてるんですか?
そう思いますよね。だから「何がモチベーションなの?」って聞くんですけど、みんな同じこと言いますね。
なんて言うんですか?
「ここ楽しいから」って。
楽しいから?
はい。「ここ楽しいから、僕、時給なんか別にいいんです」って。
遊び感覚なんですかね?
ちょっとお小遣いになればいいけど、金を稼ぐっていうよりはサークルですね。「楽しく仕事して、終わったあとまた盛り上がって、その場が好き」みたいな。
でもお金目当ての人だっているでしょ?
もちろんいます。じつに採用ターゲットが多様化してきてるなって感じますね。
そういう人だったら、お金で引っ張れますよね。
う〜ん。山っ気ある人とか、生活に困ってる人もいるんですけど、経営者が考えてるほど「報酬上げれば振り向く」って人はすごく少なくなった。
本当に稼ごうと思ったら、そんな時給バイトなんてしないですもんね。もっと稼げる仕事ありますしね。
そのとおりです。
なるほど。じゃあ、めちゃくちゃ給料を増やせないんだったら、職場を楽しくしたほうが遥かに効果的ってことですね。
人が集まる楽しい会社をつくれば、労働分配率を下げながら生産性を上げることが可能です。
でもWebでそんなこと言うと叩かれますよね。
叩く人は必ずいますよ。
「そんなのは一部の豊かなやつだけだ」みたいな。「こっちは、お金のために時間売って、嫌なことだってやってるんだ」みたいに。僕もたまに叩かれます。
そういう書き込みって目立つんですけど、数としては少数派だと思いますね。
確かに、実際に会って話をすると「お金はそんなに必要ない」って人が増えてますね。
お金の優先順位は、間違いなく下がってます。
そうですよね。
結論から言うと両方いるんだけど、割合が変わってきてます。80年代は圧倒的に金だった。
僕も金でしたからね。
もちろん僕だってそうでした。でも今はその割合が、ものすごく下がってます。
でも一方で、貧困層も現実として存在するわけじゃないですか。
はい。ここで議論すべきかどうかは分かりませんが、貧困層があることは認めます。
でもマジョリティーではないと?
ネットやメディアが煽りすぎていて、実態よりも大きく見えていると感じますね。
多くの人は困っていない?
困っていないというよりも、デフレが長かったので生活コスト自体が安くなったんですよ。だって起業するのにも、お金かからなくなりましたもん。
確かに。パソコンひとつあればできますよね。シェアオフィスやカフェみたいなコワーキングスペースもたくさんあるし。
美味しい賄いがついてる仕事だって山ほどあるし、ユニクロやGU行けばそれなりにセンスのいいものが買えるし。あとは家賃が安いとこに住めばいいだけの話。
ということは、貧困問題は国として考える問題であって、企業はまず職場を楽しくするほうに舵切ったほうがいいと。
間違いなくそれが正解です。
「100円でも時給を上げてくれたら、どんなにキツくてもやります!」なんて人はいませんもんね。
そんな人がいたら、こんなに採用で苦労してませんよ。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。