第41回 レースも経営も「バランス」が大事

この対談について

株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。

第41回 レースも経営も「バランス」が大事

安田
鈴木さんって、経営で悩んで寝られないことってありますか?

鈴木
うーん、そうだなぁ。布団の中でなんかいろいろ考えはするんだけど、気づくともう朝、ってことがほとんどかもしれない(笑)。
安田
そうですか(笑)。普通はなかなかそれができないんですよね。「考えないようにしよう」としても、そう思っている時点で考えてしまっているわけで。

鈴木
僕はレアケースなのかもしれない(笑)。
安田
だと思いますよ(笑)。でも、そっちのタイプの方が経営者には向いていると思うんです。経営者なんて悩み始めたらキリがないので。

鈴木
確かに僕は自分の中で、「悩むべきこと」と「悩まないでもいいこと」をハッキリ決めていますね。一度「これは悩んでも仕方ないな」と思ったら、それ以降はもう考えない。
安田
それができるってすごいことですよ。でも考えてみればその判断力って、レーサーだった過去と関係があるのかもしれませんね。

鈴木
お、そことつなげますか(笑)。でもちょっと興味深い視点かもしれない。
安田
レーサーって常に危険と背中合わせですよね。最悪、死ぬ可能性もある。だからレース中って、じっくり考えている暇なんてない。

鈴木
確かにそうですね。すべて一瞬の中の出来事ですから、パッパッパッと瞬時に判断していかないといけません。
安田
そういう経験を積み上げていく中で、鈴木さんは経営でも同じように判断するようになったんじゃないですか? 「これは考えるべき問題だ」「これは悩んでも仕方がないから捨てよう」というように。

鈴木
そう言われてみるとそうかもしれない。まぁでも、一つ一つ的確に判断しているというより、直感的・本能的にやっているだけな気もしますけどね。レース中だって、実際には「もっと速く走ろう」「もっとロスを少なくしよう」ということしか考えていないわけで。
安田
ああ、なるほど。ある意味自動的に行われている判断かもしれないと。……ところでレースでいうところの「速く走る」って、具体的にどういうことなんですか?

鈴木
ん? と言いますと?
安田
なんというか素人目線では、「ギリギリまでブレーキかけなければいいだけじゃないか」と思ってしまうんですよ。要するに、レースが速い人というのは、根性がある人なんじゃないのかなと。

鈴木

ああ、なるほど(笑)。確かに根性も大事なんですけど、そんな単純な話ではありません。たとえば直線コースなどでブレーキを極力我慢して、相手を「突っ込み」で抜くこともありますよ。でも、そのままのスピードでカーブに突っ込んだら曲がりきれずクラッシュします(笑)。つまりブレーキを一切かけない、なんてことはできない。

安田
ええ、言っておいてなんですが、そうなんだろうなとは思うんです(笑)。だから実際、レースでは何が速さを決めるのかなと思いまして。

鈴木

なるほどなるほど。それで言うと、むしろそのブレーキワークがかなり重要になってきます。そしてそれは単に技術的な話ではなく、選手同士の「駆け引き」なんですね。

安田
ははぁ、なるほど。つまり、どこでアクセルを開けてどこでブレーキをかけるのか、その駆け引きが上手な人が速いと。

鈴木
そういうことです。走りながら周りの選手を分析して、「どのポイントなら抜けるか」「どこで仕掛けるのが最善か」と考える。レースって最終的にトップでゴールすればいいわけで、ずっと1位でいる必要はないんですよね。それを何度も頭の中でシミュレーションしながらライン取りをしていく感じです。
安田
ははぁ、いや、さすがに説得力がありますね。そういえば今のお話で思い出したんですけど、昔読んだF1ドライバーのアイルトン・セナの本の中に、モナコGPのレースの話が載っていて。

鈴木
ああ、はいはい。モナコの街中を走るレースですよね。あれこそ危険と隣り合わせですよ!
安田
すごいですよね。なんでもレース中は、壁から2cmのところを時速200kmで走るんですって。で、自分よりも速い車と競う時には、その2cmを1.5cmまで縮めないと勝てないと。もう正気の沙汰じゃない(笑)。200kmのスピードの中でそこまで判断するなんて、本当に人間に可能なのかと驚きました。

鈴木
それがいわゆる「ゾーン」という状態なんだと思いますよ。僕も現役時代、結構「乗れて」いるなっていう時には、スピードがすごく遅く感じるんです。観客の顔もハッキリ見えるくらい。
安田
へぇ、そうなんですか! 直線だとどれくらいの速度が出るんでしたっけ?

鈴木
僕が乗っていたのは250ccだったので200kmちょっとくらいですかね。
安田
は〜すごいなぁ。車だと300kmくらいの体感がありそうですね。で、それがカーブのときにどれくらいまで落ちるんですか?

鈴木
カーブのR(半径)にもよりますが、鈴鹿サーキットだと一番落ちる時は50kmくらいですね。とはいえ速いときは150kmくらいでコーナーを回ることもありますよ。
安田
150km?! もう「すごいですね」としか言えません(笑)。

鈴木
精神力との戦いですよ(笑)。
安田
カーブのときにバイクの車体を倒すじゃないですか。そのほうが安定するとは言いますけど、あれはどういうことなんですか?

鈴木
あれは遠心力とのバランスを取っているんです。カーブを曲がる時に外に膨らんでいく力と、中に倒れ込む力と、そのちょうど中間で走っています。
安田
ということは、スピードが速いほどコースの外に飛んでいってしまう力が強いから、車体の傾きもより強くなるってことなんですね。

鈴木
仰る通りです。で、その限界値を超えてしまうとツーっと滑って倒れてしまうわけです。
安田
ははぁ、恐ろしい……(笑)。やっぱりそういう練習もするわけですよね。つまりカーブのときのバイクを寝かせる練習という意味ですが。

鈴木
ああ、いや、練習はしないですね。走りながら、自分の感覚で「どの角度がいいか」というのを探っていく感じです。まさに「カラダで覚える」というか。
安田
そうなんですねぇ。レーサーさんってすごいなぁ。ただ、同じく素人目線の印象を言わせてもらえれば、「結局マシンの性能なんじゃないの?」とも思うわけですよ。

鈴木
ああ、そこはちょっと難しくて。もちろんみんな勝つことが目標なので、できるだけ「速いマシン」に乗りたいとは思っています。ただね、たとえばトップレーサーが乗っているマシンに僕が乗ったとしても、絶対にあんなスピードでは走れないんですよ。
安田
え、どうしてですか?

鈴木
端的に言えば、セッティングの問題ですね。アクセルの開け方やブレーキのかけ方には個人差があるので、その癖とマシンを極限までマッチさせていく必要がある。
安田
なるほど。つまり乗るレーサーの力を最大限発揮できるような仕様になっていると。

鈴木
仰る通りです。ですから、トップレーサーの乗り方に合わせてセッティングされたマシンに乗っても、同じ成績が出せるわけではないんです。
安田
なるほど。ちなみにセッティングって具体的にはどういうところをいじるんですか?

鈴木
これはもう言い出したら何時間もかかってしまいますが(笑)、タイヤやサスペンション、エンジンの反応など、あらゆるところをいじります。
安田
そうなんですね。奥が深い世界だ。

鈴木
ええ。そういうすべてのバランスをレーサーに合わせていく。それがバチッとマッチしたときに、一番速く走れるわけです。……いまこうして話していて気づきましたが、確かに経営と似ているかもしれませんね(笑)。
安田
なるほど。レースで速く走るにも、会社が利益を出すにも、とにかくバランスが大切ということですね。レースと経営の関連性についてうまくまとめていただきありがとうございました(笑)。

 


対談している二人

鈴木 哲馬(すずき てつま)
株式会社濃飛葬祭 代表取締役

株式会社濃飛葬祭(本社:岐阜県美濃加茂市)代表取締役。昭和58年創業。現在は7つの自社式場を運営。

安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 

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