泉一也の『日本人の取扱説明書』第123回「5Sの国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第123回「5Sの国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

工場視察に行くと「5S」という標語を目にする。小学校ではオアシス運動(おはよう、ありがとう、失礼しました、すいません)なる挨拶運動があったがそれとよく似ている。

5Sとは「整理、整頓、掃除、清潔、躾」。工場ではこの5つのSを行動規範として掲げているのだ。5Sを実践している工場は美しい。神社のような清々しさを感じる。聖地といっていいぐらいのオーラがある。

『日本の工場を世界の工場へ!』と目指した時代があった。その時代、5Sが体現できる人を育てようとしたのは自然な流れだった。整理、整頓、掃除、清潔、躾は学校の行動規範に。昭和の人は、先生が口を酸っぱくして言ったのを覚えているだろう。小学生の頃、先生の近くに座らされていたが、今ならその理由がわかる。

そんな5S行動規範を「うざい」と反抗したのがツッパリである。反抗することで自分の存在を表現した。「突っ張ることが男の勲章」となったのも自然な流れだった。

5Sの行動規範がいつまでもできない子供は「劣等生」の烙印が押されたが、教育者は「それはいけない」と発達障害という先天的な病気にした。それが多動性障害(ADHD)であり自閉スペクトラム症(ASD)である。

昭和世代の人にはわかると思うが、教室には多動も自閉も混在していて、変わった奴やな、おもろい奴やなぐらいで、まさか障害とは思ってなかっただろう。発達障害として認定することで、劣等生ではなくサポート対象となり、本人たちも社会に適応していくための道が開いた。

そんな教育のお陰で5Sが体現できる人が増え、できない人は劣等生ではなく手厚いサポートを受け、適応と更生の道を歩む。そして社会全体は清潔になり秩序立った。立ち小便する人はいない、酔っ払いの喧嘩は減り、暴走族はいなくなり、ホームレスは激減し、公園で野球をして近くの家のガラスを割る子供はいなくなった。アルバイトでもサービスレベルは高く、日雇いの作業員も正社員と同じように真面目に働く。外は40度近いのにマスクをする。日本は素晴らしい国になった。めでたし、めでたし。

本当にめでたし、めでたしなのだろうか。

工場は確かに美しくなったが、そこで働く人の心は美しいだろうか。社会全体は清潔になり秩序立ったが、幸せ感は高まっただろうか。確かに全体的に満足感は高まった。ネガィティブなものが減って、ポジティブなものが増えたからだ。

満足しているのに虚しさがないだろうか。静かなる虚無感。この虚無感を忘れさせてくれる商品やサービスが世にごまんとある。そこにいつまでも逃げているとそのうち気づくだろう。

「男の勲章」なるものを持って生きてみたいと。

これからの5Sは「さあ、しろう、すきな、世界観は、そこにある」。自分なりの存在価値を自分で見つける時代になったのだ。

 

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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