成長ではなく変化

本郷猛(ほんごうたけし)を鍛えてはいけない。これは私が数十年前に書籍に記した一文である。当時でさえ古い例えだったので今読んで分かる人は皆無かもしれない。本郷猛とは初代仮面ライダーの変身前の姿である。変身前の彼がいかに強くなったところで強い怪人には勝てないという例え話だ。

芋虫はチョウになる前に蛹の中でドロドロの液体となり形を変える。これは完全変態と呼ばれる大規模な肉体の再編集で、成虫になったチョウは芋虫とは似ても似つかぬ姿となる。主食は葉っぱから蜜へと変わり、手に入れた羽で空を自由に舞うことができる。仮面ライダーとは完全変態した人間なのである。

本郷猛を鍛えるという作業は、芋虫が葉っぱを食べて大きな芋虫になることと等しい。それは確かに成長ではあるが現状の延長線上の成長でしかない。大きな芋虫になったところで蜜は吸えないし、空は飛べないし、交尾もできない。どれほどハードに本郷猛を鍛えても怪人には勝てないのである。

なぜこうも回りくどい話をするのかと言えば、多くの人が「変化を伴わない不完全変態」を成長だと定義しているからである。成長する目的が今より少しでも強くなること、大きくなることであれば、それでいい。だが怪人に勝つこと、交尾して子孫を残すことが目的であれば、定義を変える必要がある。

この変化の激しい時代に少し大きな芋虫になることに意味があるだろうか。経営者は自分の胸に手を当てて考えてみてほしい。ウチの会社では無理だ。我々の業界では難しい。これは不完全変態を成長だと捉えている人の典型的な発言である。芋虫に空は飛べないと言っているだけ。だったら完全変態すればいい。

今の延長でビジネスを考える。売上アップを図る。社員の報酬をできるだけ引き上げていく。これは不完全変態の発想である。望む望まざるにかかわらず、空が飛びたいなら、怪人を倒したいなら、完全変態するしかない。今あるリソースをバラバラに分解し、まったく違うビジネスモデルに組み立て直すのだ。

完全変態を実現できるのは社長だけ。「まずやってみろ」と一部の社員に指示したところで完全変態は起きない。足だけがチョウになっても意味がない。頭だけが仮面ライダーになっても怪人は倒せない。チョウになるということは芋虫の体を捨てるということ。捨てる決断は社長にしかできないのである。
 

 

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