7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
前回は 第58回『大企業革命が起こる日』
第59回「部分最適の間違った答え」
リクルートのあれ何だったんでしょうね、内定辞退の・・・
内定辞退率予想ですね。
「この人の内定辞退率はこのぐらい」っていうのを出しちゃったってことですか?
「あなたの会社は学生からこれぐらい辞退されちゃいます」というデータを、リクルートキャリアが売ったということですね。
「有名な大企業も買ってた」ってニュースになってます。
そうですね。要するにデータを買ってたと。それも限定販売みたいな感じで。
大手限定だったんですか?
たぶん先行して大手企業に「こういうものをつくってみたんですけど、買います?」「買う、買う」みたいなのが実態かなと思います。
でも、いくらで売ったか知りませんけど、大した儲けにはならないですよね。
商品化する前のパイロットでしょうから。
じゃあ、いずれは全企業に販売する予定だったと?
そうでしょうね。
売れますか?
「某大手有名自動車メーカーが導入してますよ」って言ったら「じゃあ、うちも買います」みたいになりますね。
仮に売れたとして、そんなに大きな売り上げになりますか?
リクルート全体から見たら微々たるものでしょうね。
ですよね。ちょっと不思議なんですけど。
何がですか?
いま求人サイトって、求職者を集めるほうが大変な時代じゃないですか。
ですね。
なのにナビ使ってる人の実態をバラしちゃうとか。あんなことしたら信用落とすし、揉めるに決まってるじゃないですか。
「部分最適の会社が出した、間違った答え」ってことですね。
部分最適?
つまりリクルートって、もう我々の頃と違う会社になってるんですよ。
どう違うんですか?
いまのリクルートはデータサイエンスの会社だと思います。
つまりどういう会社なんですか?
我々の頃って営業主体の会社だったでしょ。
はい。営業マンだらけでした。
今は、主戦力が営業マンじゃなくITエンジニアなんですよ。
理系採用が増えてるらしいですけど。
ITエンジニアってロジックと部分最適の塊だから「こういうものをデータ化して、こういう商品にしたら売れるんじゃないか」「うん、たしかに売れる」っていう。
「売れりゃあいい」ってもんじゃないですよ。
会議上では、それは正解なんですよ。
正解なんですか?
売れる商品のアイデアを出すのは正解です。ただ、そこに俯瞰的な視野とか、あるいは幅広い教養から来る倫理観っていうのが、まったくない。
普通はそういう視野を、上司が持ち合わせてるんじゃないですか?
上司にもなかったってことですね。
もはや会社として、そういうものが無くなってるってことですか?
なくなってるというか・・・部分最適が優先されてるだけでしょ。
全体の利益よりも?
「採用市場の構造が変わってきてる」とか「求職者にフォーカスすべきじゃないのか」みたいなことより、「得られたデータを加工して、どう商品化すれば、どれだけ売上が上がるか」という部分最適が優先される。
いるでしょうね。
その上司が所属している部があって、部が集まって会社全体になるわけですよね。
組織的にはそうです。
だったら「部分的にはイエスだけど、全体的にはノーだ」って結論になりませんか?
これは僕の推測ですけど。リクルートという組織では、ラインの発言権がいちばん強いんじゃないですか。つまり、データやシステムから商品をつくる部門の発言力がほぼすべて。
え!そんなことあり得るんですか?
今回のケースは、そうなっていることの証だと思います。
それって、かなり危険なことですよね。
かなり危険です。戦前の陸軍みたいな感じじゃないでしょうか。
戦前の陸軍?
つまり、国家の一部分である「陸軍」が暴走しても、誰も止められない状態。
じゃあ社内では「これは大変な状態だぞ」ってみんな思ってるんですか?
いや、社内ではそこまで思ってないと思います。「しょうがねえじゃん」みたいな。あるいは「運が悪かったよね」ぐらい。
ということは、今後も似たようなことは起こるってことですか?
起こると思います。だって、記者会見すぐにやらずに非難が集中して。ようやく会見したのが8月26日の夜ですよ。いったいどれくらい時間掛けてるんだと。
そうでしたっけ。
はい。すごく危うい。リクルートの採用事業は転落につながる出来事かもしれない。
利用者があの一件で一斉に離れていくとか?
そうなる可能性もあるじゃないですか。
リクルートの幹部は危惧してないんですか?
そういうものが見えないんじゃないでしょうか。
見えない?
実際、リクナビって、データの上ではもうマイナビに抜かれてますよね。
掲載社数とか利用者数では抜かれてますね。
新卒採用事業はもう、データサイエンス事業にすり替わってるんですよ。
それはどんな事業なんですか?
「求職者と企業のマッチングの場」とか、あんなの全部建前。結局はシステム部門から上がってくる商品での売上が優先される。「売れりゃいいじゃん」みたいな。
マイナビさんもリクルートの後追いで、同じ方に向かいますか?
マイナビにはそれほどエンジニアがいないので。事業内容に相当隔たりがあると思いますよ。
リクルートはデータサイエンス企業だけど、マイナビは営業会社だと。
言い過ぎかもしれないけど、第2次世界大戦の兵器と、いまの最新の兵器ぐらいの兵器差はあるんじゃないですか。
でもリクルートが転落したら、マイナビは独り勝ちするんじゃないですか。
いや、僕はそうはならないと思います。採用市場自体が、景気の急降下とか、外的なランダムショックによって、ある日いっぺんに流れが変わる気がします。
ナビ自体が使われなくなる時代が来るってことですか?
学生も離れて、利用企業も減れば新卒マーケット自体がヒューッと収束して小さくなってしまう。
でも、利用企業は増え続けてますよ。
それはかつての不動産バブルみたいなもの。バブルが弾けて掲載企業が100分の1になったときに、どう維持するんだっていう。
弾ける可能性があると。
十二分にあると思います。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。